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2014年6月 3日 (火)

理解されないことは承知で「私達の総合診療の特徴」

これを言っておかないと、杭を洗剤に残す、いや悔いを千載に残す、と思ってあえて書いた文章。

体制や組織の中で理解されないことは分かっていても、将来に向かって記録を残したいと思うのは、治安維持法違反で法廷に立たされた戦前の左翼青年に似ているかもしれない。

まぁ、そんなに大げさなものはなくて、ただの呟きに如かないのだけれど。

「備えるべき総合性」について、もう少し踏み込んだ記述を希望します。O先生やF先生など総合診療を専門としている人たちの意見をあらかじめ聞いてみてほしいのですが、私としては、最近モイラ・スチュアート「患者中心の医療(PCM)」第3版が、その臨床技法の構造を大幅に変えたことを重視したいと思っています。それは、これまで「①患者の客観的疾患と②主観的病い体験の双方を捉える」としていたものを「①患者の健康と②疾患と③病い体験の3点をおさえる」という立場に変わったことです。これは、マイケル・マーモット、リチャード・ウイルキンソン、イチロー・カワチなどの社会疫学的研究や、それを受け入れてヘルス・プロモーションの戦略を大幅に変えたWHOによって健康に対する(哲学的)考察が格段に深まったことを反映していると思います。

それは「患者中心の医療」が、「SDHを日常診療に活用する枠組み」として発展していることの表れだと思います。しかし、これは草場鉄舟氏、その師である福島大学葛西l龍樹氏ら家庭医療学「患者中心の医療」派もまだ気づいていないことだと思います。あえて言えば、このSDHPCMを統合する視点が私たち独自のものになると私としては思っています。

同時に、地域包括ケアシステム時代に対峙する姿勢の中核として「ケアの倫理」(正義の軸として、ケアされるべき状態の人と、その人をケアする人の社会的脆弱性を擁護することを中心に据えて、社会を組み立てるべきだという主張)の採用も同時に行うことによって、SDHを踏まえた私たちの活動の指針が明確になると思っています。

これを文章に入れるとしたら以下のような体裁になります。

備えるべき総合性の素材としては『WHO バンコク宣言 2005で定式化された健康の社会的決定要因に依拠したヘルス・プロモーション』、それを日常診療に組み込む枠組みとして有効なカナダで発達している患者中心の医療、健康をめぐる正義論(アマルティア・セン)をケアの領域に拡張した『ケアの倫理』が重要であり、多数の研究者の協力・援助を得て、世界に通用する民医連の実践スタイルを探求することを提案します。」

それから、これは、私の個人的体験によるものであり、おそらく精神医療委員会や歯科部会からは賛同されると思われる、「プライマリ・ケアの最小限診療科単位の設定」「地方中小病院の標準的技術構造」という構想があります。「総合内科ー精神科ー歯科」の最小限ユニット・トライアングルに整形外科あるいは外科あるいは小児科を地域特性にしたがって加えたものです。

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