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2014年6月 6日 (金)

民医連の共同組織について 中間団体絶滅化計画の中で

⚪️民医連の共同組織の目的は、大きな互助組織になって、立派なソーシャル・キャピタルとしての役割を果たすことだけに限られるのか?
無差別・平等の地域包括ケアについては、共同組織こそが主役である。調査者であり、デザイナーであるし、オルガナイザーだ。
「介護保険を良くする市民の会」や、「地域包括ケアを作る市民の会」の中核になるべきではないか。
ヘルス・プロモーティング・ホスピタルにしても、その地域活動の受け皿は共同組織だ。言い換えれば、職員は共同組織を通じなければ社会活動できないと言い切っていいと思う。逆に言えばHPHをめざす病院は、共同組織を通じないで社会活動を構想しないようにしなければならない。
21世紀に地域生活を切り拓く市民運動が、実は民医連の共同組織のなかに芽吹いていることに今こそ注目すべきだ。

⚪️政治学や社会学では政党、労働組合、 農協、 生協、 宗教団体、市民運動組織、自治組織などの、国家と個人の間に存在するさまざまな集団を総称して中間団体とする。個人が社会に参加するための装置、国家権力の暴力から辛うじて個人を庇護する装置だとも言えるだろう。
今の日本の特徴は、幾つかの中間団体を狙った意図的な解体攻撃である。社会党、総評が解体され、まもなく農協 中央会が解体される 。郵便局民営化も郵便局と地域社会の強い結びつきから考えれば、中間団体の解体の一つに数えられるかもしれない。
個人が丸裸で国家権力に対峙するしかない状態を 新自由主義は意図しているのである。サッチャーがかって「社会などというものはない、個人がいるだけだ」と言ったことが現実化されようとしている。
しかし、中間組織は民衆のなかから無数に生み出されてくるものだ。その代表が9条の会だが、それに続くものが民医連の共同組織ではないだろうか。

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