« 診療所ー診療所連携 | トップページ | 地域包括ケアの言語感覚 »

2014年5月23日 (金)

自覚されない病院・診療所の新しい役割

今日は小野田診療所に出勤。

溶接などもする工場の健診が入っている。全癌の5%は職業由来だし、溶接は、そのなかでも重要そうだと感じて気合がはいるのは、ごく最近「労働者の健康問題委員会」に出席した効果である。

ところで、喫煙習慣を聞き取っていながら、自動的に禁煙導入のリーフレットを渡すことにしていない。 すぐに改善することにする。
全死亡、全癌の原因に占める喫煙の割合を大雑把に知らせるだけでも、何らかの効果はあると思えるのだが。
エビデンスはない。翌年問診して、何百人かに一人はそれがきっかけで禁煙したということが分かるかもしれないと夢想している程度である。リーフレットを渡す職員の態度が大きく影響しそうだ。

話は変わるが、昨日は雑誌「月刊 地域医学」2014年1月号の特集を読みながら病院で降圧剤を処方することが、どれだけ患者さんの日常生活をかき乱すかを考えてみた。

まず定期的な受診日を作り出さなければならない、その日は、病院のなかの色んな部署や、保険薬局と交渉して、場合によっては振り回される。
待合室には嫌いなご近所さんがいるかもしれない。
薬には副作用がある。
経済的負担だってバカにならない。

病院に座って患者を待っているだけの医師には、それがなんでもないことにみえているが、自分を小さな会社の課長くらいに置き換えて見ると、その意味がすこしは想像できるだろう。

これを生活侵襲的と言わずしてなんと言うべきか。

なるべく受診せず投薬せずに済ませられるようにするために健診や指導があるし、侵襲を低めるために、病院でなく診療所があるのである。

もちろん、そういうことを医療機関任せにせず、またより根源的に健康を作り出すために、医療生活協同組合や労働組合や政党がある。

最近では、病院・診療所にそういう組織を援助する役割が期待されている。新たな役割であることの、その新たさが実は自覚されていない。

今までの役割とは不連続だからである。

病院・診療所が自ら行う予防・保健活動の展望はわずかだ、自主的市民組織を通じて関わったとき、初めて有効なレベルに増幅されるのだ。

|

« 診療所ー診療所連携 | トップページ | 地域包括ケアの言語感覚 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自覚されない病院・診療所の新しい役割:

« 診療所ー診療所連携 | トップページ | 地域包括ケアの言語感覚 »