地域包括ケアについて、初めてまとまった 話をしてみた
地域包括ケアについて、初めてまとまった 話をしてみた。
どんなテーマでも最初の話は成功しない。どこが強調点で、なにが新しい発見で、話す必要のないどうでもいいことはどことどこ、というメリハリの見当がつかない。
振り返って、本当は何をどう話せば良かったのかを整理してみる。
地域包括ケアは、地域住民の互助のための動員と、ケア=医療介護の巨大資本による統合の複合物であるというのは間違っていない。
地域住民の動員が足りなくて悲惨な事件を起こすことも、地域の選択であり、地域の責任である。
システム全体の基礎に据えられる「本人と家族の覚悟」が、死に方すなわち孤独死への覚悟で、よりよく最後まで生き抜くこと、QOLとは無関係というのも正しかっただろう。
住まいへの注目も、結局、行き場のない50万人の、生き抜く場所としての住まいではなく、死に場所としての住まいのことである。
非営利ホールディングカンパニーという、巨大病院チェーンと巨大金融資本の複合体は、急性期病院群だけでなく地域包括ケアも統合しようとしているという見通しもいいだろう。
何が足りなかったのか。
住民が動員される対象から地域をつくっていく主人公になっていくみちすじ、また、地域包括ケアに携わる職員の大増員、すなわち3ウェーブの大事さの強調が足りなかった。
そのため、政策批判ばかり目立って、行動提起にならなかった。「介護保険を良くする山口の会」だけでは発想が貧しかったということ。
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