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2014年5月29日 (木)

一人中古消化器科医の一日

一昨日は朝から何か違和感があった。
自転車で通勤しているのだが、小さな子どもを轢いてしまったり、お年寄りを転ばせたり、あるいは、自分が横から飛び出してきた車にぶつけられたりするのではないか、という気がした。
道路の上では確かに少し危ないことがあったが無事に病院に着いた。だが、その日の内視鏡の数番目で「予感はこのことだったのか」と思うことになった。
十二指腸に潰瘍があり、拍動する大きな血管が露出していて、観察中に出血してきたのである。急いでHSEの局注やクリッピングを試みるが、かえって出血は強まり、あっという間に視野が取れなくなった。
患者さんが急速にショックになっていくなかで、内視鏡しながら、輸血をオーダーし緊急手術体制が取れる基幹病院と交渉する。左手にスコープ、右手にPHSという状態。
しばらくして大量に吐血し始めた患者さんと一緒に救急車のなかにいた。基幹病院に着いても、当分は医師が誰も来なかったので、待っている間に、救急車に乗る直前に届いたのを持ってきた輸血のパンピング注入を続ける。それでもショックを脱しない。
そうこうしているうちに医師が5人現れて、ようやく申し送りができた。1人と5人ではやはりできることが違うように思えた。それでもすぐに気管内挿管が必要になった。
自分の方がぐったり疲れてタクシーに乗った。ひどい無力感に襲われて、回復しなかった。
昨日、救命は出来たという連絡があったが、一日、なんだか上の空で過ごして、夜の県連理事会にも身が入らなかった。もちろん、そこにいる誰も
僕が昨日しなければならなかったことを知らない。
今日になって、ようやくこのことを文章にする気力がでてきた。
いつの間にか、(一人中古消化器科医で)こういう状態が普通になったが、あまり長くは続けられないだろう。
それにしても、予感というものは確実にあるのである。

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