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2014年5月13日 (火)

平野啓一郎「ドーン」講談社文庫2012、初出は2009を読みながら+「空白を満たしなさい」

映画「2001年宇宙の旅」の始まりは、「人類のドーン(夜明け)」と題されていたが、この小説は2036年、人類初の火星有人飛行プロジェクト「ドーン」にまつわる話である。しかし、もちろん主題は現代にあり、苦渋に満ちた僕たちの生活が地球と火星の間の空間に投影されている。

手に汗握って、一読巻を措くことの出来ない面白さである。

その質は大江健三郎「万延元年のフットボール」に匹敵する、と少なくとも僕には思える。

*一つの主題は、主人公の日本人宇宙飛行士が、東京大震災で負った子どもの死を親としてどう受容して行くかという問題なのだが、この小説は2011年をへて書かれたものではない。。しかし、2011にしっかり向かいあう作品になっているのは作家の力と言うべきものだろう。

小説の最後に伏せられた言葉は、きっともう一度子どもを作ろうということだったに違いなく、子どもを失った男女はそれしか回復の道はないし、そういう形の回復が許されていることは人間の幸福なのだろうと思う。

*2011年に向かい合うために、平野は「空白を満たしなさい」講談社2012という別の奇想天外な小説を書かなければならなかった。

*平野啓一郎の小説の中で、2009年の「ドーン」講談社文庫と、2012年の「空白を満たしなさい」は2011・3・11を挟んで対になる作品と言ってよく、両方を読み比べることがお勧めである。
「空白を満たしなさい」のほうが読みやすいが、装丁が最低なので、書店で買おうという気にならないのが弱点だ。

*もう一つの主題は、アフガン・イラクへの介入を行ったネオコンたちへの批判である。これは完璧になされている。それが、同時に、現在の安倍極右政権の批判ともなっている。

*「空白を満たしなさい」でもみられたことだが、作品のピークは、主敵と主人公の長い会話に置かれている。
「空白を満たしなさい」なら佐伯、「ドーン」ならカーボン・タールやローレン・キッチンズというヒールが、人間の存在の本質を脅かすような長口舌をふるう。

こうした構成から容易に思い起こさせられるのはドストエフスキーである。

提起されている問題がドストエフスキーのそれに負けない点が平野の実力だろう。

*平野が最も憎むものとして、貧しい青年に、戦死により国家の大義に殉じた愛国者とされることを彼の惨めな人生の大逆転の唯一の機会 だと唆す権力がある。カーボン・タールやローレン・キッチンズもその手先である。

このことは、安倍政権が無法に集団的自衛権行使を決めようとしている今、大きな意味をもっている。

*共和党大統領候補ローレン・キッチンズのモデルが田中角栄だというのはおもしろい。

*凡庸さが魅力になったのは都知事候補宇都宮健児だが、おなじく「本当に凄いところは、まったく凄くないところ」と評される民主党大統領候補グレイソン・ネーラーを造形したのも、宇都宮が主役の一人となった2012、2014の都知事選挙の相当前である。

*平野が、日本国憲法を内発的なものに変えるという立場での護憲派であることは間違いない。ページ481

*指導者は立派でなければならないが、同時に国民のサポートがなければ危ういという不完全な感じがなければ、政治的決定に血が通わない。
ケネディは若いという不完全さが、オバマには黒人という危うさがあるということで大統領になりえた。

それが民主主義という政治体制に決定的に重要な意味を持っている。
それは、国民が指導者に対して分人を形成しうるということでもある。その分人をベースに他の人間に対する分人を作り始める。指導者が真に国民を変えるということはそういうことだ。483ページ

*靖国に祀られることを犬死の象徴と見るか、国家のための尊い犠牲と見るかという問題についても平野は立場を明確にしている。戦争の徹底的反省の邪魔をするのは、いつも戦死者の名誉の問題だ、という観察もするどい。
*資本主義は常に搾取すべき外部の世界を求める。地球上になくなれば、月や小惑星を対象にしはじめるのは、考えてみれば当然のことである。

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