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2014年4月28日 (月)

人権の根拠とケアの倫理

「なぜ誰にも人権が平等にあるのか」という質問は、これまで僕にとって最大の難問のひとつだった。

後藤道夫さんは、「それは公理だ、証明の必要はない」と言った。

そうとしか言えないだろうが、「ケアの倫理」からもっと、説得力のある説明が可能のようだ。

誰しも母親があり、その母親は社会の援助を受けて私をケアした。そのケアのお返しを私は社会にしなければならない。それは私の関わる社会的な協働として表現される。

その私の義務が全ての人の人権の根拠の出発点となる。

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