« 医師の総合性について | トップページ | 「ケアの生活モデル」の定義 »

2014年4月15日 (火)

「地域の健康問題とその課題」

母校の大学で特別講義をするので原稿を書いてみた。・・・・・・・・・・・・・・・・

地域の健康問題として、いま第一にとり上げたいと思うのは、社会経済的格差が健康格差を生み出し、社会的弱者を含めて、圧倒的多数、いわば、1%に対する99%の人の健康が脅かされていることです。

2009311日のNHKニュースは、国民健康保険料を滞納して、無保険になった人のなかから31人の手遅れ死亡が発生したという医療団体の調査を報道しました。これはほんの一部、巨大な氷山の一角でした。

それを見つめる視線は、厚生労働省が生活習慣病の広がりについて大騒ぎする「健康 日本21」などよりはるかに深いところに届いています。

私たちの病院が作っている全国的なグループで調査していることですが、2型糖尿病の若年発症と、その合併症の多さが各地で最近急に目立ち始めているということがあります。彼らには、これまでの日本にはないレベルの超肥満があって、かつ年齢からは信じられない位合併症がすすんでいて、それが教育の低さ、失業率の高さ、収入の低さ、すなわち生活保護率の高さと相関しているようだ、ということが特徴として上げられています。

簡単にいえば、社会経済格差のひろがりが、社会経済的地位の低さに苦しむ若者を多く生み出したため、若いうちから尋常でなく肥満しているより早期の若年者2型糖尿病の多発とその重症化を生んでいるということです。その異変に現場で糖尿病診療に携わる医師たちが気づき始めたわけです。

もちろん、ある地域の青年の全体を捉えて、収入ごと、教育ごと、雇用形態ごとの階層に分類して、それぞれの肥満率や糖尿病発症率、予後について前向きに追跡して結論を出すなどという厳密な意味での証明にはまだ程遠く、予備的な調査が続いている段階ですが、地域の健康問題とし手取り上げ対処するのは、証明が終わって始めるというのでは犠牲者を減らすには遅すぎます。

今日は、社会経済格差が健康格差を生む、ということについて世界的な研究の流れをご紹介し、そのことが提起している課題を総論的にまずお話しします。

そのこと自体は、私たちが医師として、国の医療政策、保健政策のよしあしを判断・批判したり、自ら政策立案したり上で極めて重要な考え方を提供してくれます。

それから、その視点がそこにとどまらず、私たち臨床医の日常診療をどう変えて行くのかということを、日常診療のあり方を研究する医療学の到達点を紹介しながら、お話しします。

そのうえで、最後にどうすれば健康格差をなくしていけるのかという展望について、私の思っていることをお話しして終わりにしたいと思います。

まず貧困や格差の底辺にいる人は病気になりやすいことの例を幾つか示して見ます。

治らない肺炎として開業医さんから紹介を受けるなかに肺結核の人が相当数います。高齢者で、若い頃から存在した病巣が再燃したというものも多いのですが、若年者では、貧困な人に集中しているのが特徴です。現場に入るために人夫手配師が準備した簡単な健診で受診した人が肺結核だったのですが、書かれた住所はウソで、雇われることもなかったので、ついに探すのを断念してしまった人がいます。数ヶ月後、全く動けなくなって運ばれてきました。

全国の都道府県の中で結核罹患率が最も高いのは大阪府ですが、その中でもあいりん地区のある西成区はアフリカの開発途上国並みです。西成区が大阪市で最も貧しい区であることは言うまでもありませんが、大阪府全体が生活保護率が全国で最も高いところです。大阪は大都市圏で、高齢化率は全国的にはまだ低いところですから(山口29.2に対し大阪23.7 2012)、これは、高齢化率とは無関係に、貧困が結核罹患率の高さに結びついていることをよく示す例だと思います。

私は、25年くらい炭鉱労働者、トンネル労働者のじん肺を見てきました。おそらく山口県では一番たくさんそういう人を見てきたと思います。宇部炭鉱の労働者で初めてじん肺で労災補償保険を適用されたのは、私が見つけた患者でした。それまでは、宇部の炭鉱にはじん肺が存在しないと言われていたのですが、それが間違った伝説に過ぎないと証明したことになります。
 主に見ているのはトンネルじん肺の人で、皆さんが新幹線や高速道路を快適に利用できるのも、この人たちの肺を犠牲にしてのことです。
どういう人がこういう職についているかを聞いてみると、皆貧しい山村の生まれです。
九州、中国山地の農村、山村の崩壊による貧困が大量の出稼ぎ者を生み、かれらが次々とじん肺になって行ったというのがトンネルじん肺です。

結核を引き起こすのは結核菌という微生物、じん肺を引き起こす二酸化ケイ素SiO2という鉱物、これらは本来化学的な要因、生物学的な要因としてどの人間に対しても平等な影響を及ぼすものですが、実際には社会の中にある格差という層を経由してはたらきかけ、貧困な順番から強く働きかけるということがわかります。

病気の要因が社会そのものの中にあることもあります。その例はタクシー労働者です。

私は30年くらい、宇部市内の中堅タクシー会社の産業医を委託されていて、ずっとタクシー労働者の健康に関心をもちつづけているのですが、タクシー労働者の健康の悪さは他産業からは飛び抜けて悪いと思えます。高血圧だけとっても公務員の4倍以上になります。生活保護水準とあまり変わらない低賃金や、複雑な夜勤交代制、長い客待ちと乗客を乗せての運転の繰り返しによる疲労など、理由は様々考えられます。すべて、社会の中にある原因です。その結果、50歳台での在職死亡が毎年1人以上発生し、これは一般人口の5倍になっているのです。もんだいは、このことに気づく人も少なく放置されていることなのですが、それは、タクシー会社の産業医をしている多くの医師がちゃんと発言しないことにもよるのだと思います。

しかし、これだけのことなら、すでに明治時代に石川啄木によっても歌われています。「我が病の その因るところ深くかつ遠きをおもふ 目を閉じて思ふ」
彼は26歳で貧窮のうちに結核で死亡しました。

結核について言えば、少し前、意外なニュースに接しました。天皇が皇太子時代に結核を発病していたというと言うのです。父親の天皇も戦争責任を問われて処刑されることに怯える毎日だったなどのストレスもあると思えます。彼が安倍首相の改憲、極右政治のなかで平和憲法を強調する発言を最近強めているのも、戦争体験が同じ世代の人と同様にその後の人生の出発点になっているのだろうということがこの辺からも推察されるところです。

多くの人は常識として、貧しいこと、差別されていることが病気の原因の第一だと知っていたし、そして、そのことが今この社会に住むほとんどすべての人にとって切実なことになっていると感じているわけですが、それを単なる感じですませず、科学的に明らかにすることが必要となります。

それを実践しているのが、マイケル・マーモットをリーダーにしているWHOの健康の社会的決定要因委員会です。

マーモットさんの祖父は無一文でロンドンにやってきた東ヨーロッパのユダヤ人です。マーモットさんのお父さんはとおかあさんは全く教育を受けられないまま、オーストラリアのシドニーに移民して、マーモットさんをシドニー大学の医学部にやりました。マーモットさんはそういう貧しい生まれで、大学卒業後、学校のそばのイタリアやギリシャ移民のコロニーの貧しさと箒の多発の関連に興味を持ち、ロンドン大学で研究する道を選び、やがて、イギリス医師会の会長になります。マーモットさんを会長に選ぶという意味で、イギリスの医師たちが健康政策を如何に重視しているかが伺えます。

マーモットさんの研究を追うと、ホワイトホール研究で総論がまず示されました。それは、社会格差が健康格差に相関するという見事な結果でした。しかし、それでは、単に両者の相関を示しただけで、貧しさや差別が健康を破壊するという因果関係は証明されていません。

そこで両者を媒介する要因を見つけることができれば因果関係がわかるはずということで、健康の社会的決定要因研究が熱を入れて進められました。

その成果が2003年のソリッド・ファクツです。8つの要因が確定されました。

これを用いると、キューバのような貧しい国がなぜアメリカのような富んだ国より、健康指標が優れているかも説明できます。キューバの方が差別がなく、健康の社会的決定要因が豊富だからです。

これを社会経済格差と健康格差の間にどう位置付けるかは2010年に模式図が示されました。この図が現在、健康がどう決定されるかを最も良く表した図になっています。

この媒介要因、いわゆるソリッド・ファクツの確定は、二つの巨大な意味合いをもちました。一つは、健康権に基づく健康戦略が政策として到達可能な見込みをもつことができました。私はこれを、健康権や健康戦略が、空想や宣言から科学になったと呼びました。もう一つは、健康の社会的決定要因から帰納していくと、その本質は二つだということになるということです。それは自律と社会参加です。それは現代の正義論の中心にあるものです。自律と社会参加こそ現代社会の正義のものさしです。

すると健康と正義が等しいということになります。健康の反対言葉病気でなく不正義なのです。不正義が何百万もの人を殺していると表紙に書いた、2008年のWHO健康の社会的決定要因委員会の真意はそこにあります。健康の社会的決定要因を、全政策の健康に与える影響を批判するという立場はここでしっかりと妥当性をあたえられます。
 SDHの考え方をつかえば、私たちの病院が、したの救急車でしかないことを反省できたり、個々の政策が、健康に良いか悪いかを判断することができるようになります。これを健康インパクトアセスメントといいます。

さて、こうして、私たちは、政策レベルで健康を論じることができるようになったのですが、では、日常診療ではどうでしょうか。

貧困や差別の影響を日常診療にしっかり受け止めるには、それなりの日常診療の骨格が必要です。

それが「患者中心の医療」です。カナダで生まれた家庭医療学の方法論が、今世界的にひろがって、教育可能、伝達可能なものとして洗練されて行っています。

概念的には、それほど難しいものではありせん。医師の捉える疾患と、患者の感じる病位の双方を対等な物語として尊重し、ぶつけあって、医師と患者の共通基盤を作ってしまおう、というのが太い柱です。そのために患者の背景をもれなく捉える、そこに、病気になった原因としての社会的要因を見る姿勢が求められます。また、完全に病気がなくならなくても、その人が持つ健康になろうという力は病気を持たない人に劣りません。その強みは、その人を健康にしている社会的決定要因なのです。それをどうすれば作っていけるか、これもとても重要です。そのための、現実的なチーム医療、地域の医療福祉の連携の創造、これらが一体となって、患者中心医療を形成します。いろんなところで、健康の社会的決定要因の視点が必要になっていることがわかっていただけると思います。政策面での理論だったSDHは、こうして患者中心医療という医療論を介して、臨床の場にも大きな影響を与えるのです。

それはSDHが臨床の場を患者中心の医療PCMの方向に変えていくといってもおなじことです。

では最後に、一臨床医である私達が現在の健康格差による不幸をなくして行くにはどういう方法を取ればいいかを述べて見たいと思います。それは、常にSDHを意識しながらの下から作る連携だの一言につきます。

私はトラック会社の産業医もしているのですが、全日本トラック協会が作った運行管理者用「トラック・ドライバーの健康管理マニュアル」というものがあるのを知りました。トラック・ドライバー20人に1人ぐらい配置される運行管理者こそ産業医の最も力強いパートナーだということがそれを読むとわかります。運行管理者の考える安全は、実は医療の安全と同じです。日々反省しながら一歩づつ前に進む、この方法は、実はどの職場でも応用可能なのです。探せば私の方法論を理解してくれ、職域に私達を導いてくれるパートナーは必ずいる。これをまず信じることです。タクシー会社にも実は運行管理者はいるのですが、彼らと産業医の連携を作ることから、タクシー労働者の健康を改善する糸口がみつかってくるはずです。

地域にあっては、住民こそがパートナーです。住民をパートナーにするのは、職場と違って一工夫が入ります。まず住民組織を作らなければならないからです。その一つの方法にヘルス・プロモーティング・ホスピタルHPHがあります。これは、病院の職員が一人の住民という意識を高めて、病院職員という立場の持つ資源を使って住民と一緒に健康づくりをすることを意味します。この時、地域からもっとも遠いのは医師だろうと思います。地域に最も近いのは、病院のなかでも地位から見れば最も低い職員ではないでしょうか。この逆転を受け入れて、地域に出て行くことを医師が学ばなければ、住民に役立つ病院は実はできないのです。
つくづく地域は近いようで、遠いところにあ流ように見えますが、パートナーを見つけて乗り出す以外にはありません。

また、病院がHPHになることは、会社の従業員が、一人の地域住民という立場で、会社の資源を使って地域づくりに貢献することと同じです。これをへるしー・カンパニーといいます。

だとすれば私の病院と隣の会社が協力し合う関係になって行きます。このような協力を全社会にひろげればそれが、ヘルシー・シティというものになって行きます。実は、ソリッド・ファクツの冊子を作ったのもヘルシー・シティを目指す組織でした。

いま、地域の健康づくりの最大のテーマは地域包括ケア作りです。住民の自己決定と参加を何より大事にしながら、地域の生活のなかに医療と介護を織り込んでいかなくてはなりません。その中で医師は往診したり、一つの町全体をホスピスとみたてて緩和ケアをしたり、生活上のいろんな相談に乗ったりと、これまでの医師像とは相当違った役割が期待されるのですが、これは、また、別の機会に学んでいただくことのなろうかと思います。

これらはもちろん、すべて大変な労力を要することではありますが、SDHPMCを目指す姿勢から、本物の健康を作る味方をどんどん広げていけるのだという楽観的な展望を述べて私の拙い話を終わりたいと思います。

|

« 医師の総合性について | トップページ | 「ケアの生活モデル」の定義 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「地域の健康問題とその課題」:

« 医師の総合性について | トップページ | 「ケアの生活モデル」の定義 »