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2014年3月 3日 (月)

異所性(ectopic)「大日本帝国」としての北朝鮮と日本の責任

民医連総会の余韻の中で、結構忙しい日直に従事した。

この忙しさは4日も病院を留守にしたことの罰なのだろう。

さて、今回の総会で良かったことは 黄慈恵(ファン・チャヘ)さん、邉慧珍(ビョン・ヒェジン)さんたち、韓国の活動家の皆さんに再会できたことだ。

昨年、民医連60周年記念旅行で韓国を訪問した時に思ったのは、1945年の敗戦と1951年のサン・フランシスコ講和条約以降の、実質60年の間、日本が戦争をせずに来れたのは、もちろん憲法9条の力が大きく働いていますが、それだけではないということだった。

敗戦後の分断と内戦、再軍備、ベトナム戦争への参戦などを避けて通れたのは朝鮮半島全体や韓国によってその事態が肩代わりされたからだ。

そう考える時「9条を持つ国の誇り」と僕たちが発言する時、それを持てなかった隣国の痛みを強く感じていなければ、その誇りは本物ではない。

これは多くの人に賛成してもらえる意見ではないだろうが、かっての韓国の軍事政権下の状況や、現在の北朝鮮は「大日本帝国」精神の遺産あるいは場所を変えた復活で、その原型を残したことにも日本は責任がある。

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