« ただ一回だけ起こること | トップページ | 上野千鶴子「男おひとりさま道」法研2009年 »

2014年3月27日 (木)

HPH(ヘルス・プロモーティング・ホスピタル ・アンド・ヘルス・サービス)への道

今日は午後の予約外来の患者数がとても少なかった。何かの偶然だったのだろう。少し肩身の狭い思いがしたが、どうせ、ほかの日に思い切りしわ寄せが行っている。

しわ寄せによる幸せ(全ての幸せはしわ寄せから生じる)と思って、羽を延ばすことにした。と、いってもまた別の偶然が僕を捕まえに来てすぐにため息をつくような事態になることはわかっている。

ぶらっと診察室を出て、道路を渡って、医療生協会館(と言っても元保険薬局だった古い二階建てに過ぎない)に行く。最近入った若いパートの人が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、団塊の層の男性を医療生協に組織することの彼らにとっての重要性と、我々の側の必要性について組織部員の人たちと雑談する。

直接には関係はないかもしれませんが、機関紙の手配りさんをお願いしに歩いてみると、組合員の皆さんがいろんなことを地域でしているのですよと、香川から来てもらっているベテランの部長代行さんが言う。だからでしょうか、市役所に行ったら、医療生協の組合員さんは皆元気ですね、と最近言われましたよ。

それはまた意外な話。どうしたら活発な医療生協になるのか、いつも悩んでいるのに。

たとえば、子どもの通学の見守りはどこの自治会でもしているけど、喜んで出て来て、改善の意見を言ったりするのは医療生協の人たち。また、どこでも潰れて行っている子ども会を再建しようというのも医療生協の人たち。

そんなことが、市役所の方でわかるものかなぁ。まぁ、そういう人たちだから医療生協にも入っていると言った方がいいのかも。

だが、団塊の世代の男性や、自分も含めて(僕はもう遅すぎるだろうが)、現役職員も40歳過ぎたら、地域のなかで他人との縁を太くするよう心がけなければ、そういう人になれないだろう。

仕事人間にはそういう方法がなかなか見つからないのが問題なのだが、このさい、医療生協を通じてそれもできるはずと訴えてみますか、と言いながら、ふと気付いた。

これがHPHへの道なのだ。

病院職員であることと、地域の一員であることを何らかの手段で重ね合わせること。

病院職員であることを地域のなかで活用することから始めて地域に溶け込んで行くことのは、少しだけ地域に溶け込むことへのハードルを低くするかもしれない。

僕たちがそういう姿勢を持った時、地域に広がっている自助と互助を強制する上からの社会統合の一環としての住民活動を、下からのヘルス・プロモーション推進の方向に変えていけるし、それがいつか自分の生きがいになることもある。

その手段の有力な部分こそ、医療生協の班や支部が担えるものだろう。そういう手段を多様に作り出そうとすることが、また、医療生協の進歩ということでもある。

そうこう考えるうちに、やっぱり新入院患者担当依頼の電話がやって来て、すぐにその場を引き上げなくてはならなかったのだが。

|

« ただ一回だけ起こること | トップページ | 上野千鶴子「男おひとりさま道」法研2009年 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: HPH(ヘルス・プロモーティング・ホスピタル ・アンド・ヘルス・サービス)への道:

« ただ一回だけ起こること | トップページ | 上野千鶴子「男おひとりさま道」法研2009年 »