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2014年3月13日 (木)

網野善彦 「『日本』とは何か」講談社学術文庫2008

エヴァ・フェダー・キティ「愛の労働」のページがなかなか進まない途中で、気晴らしに読んだ本だが、実は深いところで関連があった。

◎そのことはあとで書くことにして、一つ驚いたことを記録しておくことにしよう。

284ページ 三内丸山遺跡の発掘による最大の発見は、栗の木が栽培されていたことが明らかになったことである。この遺跡で見つかる栗の実はDNAがほぼ同一で、自然林ではなく、人為的栽培であったことがわかるのである。

その後、古代、中世でも栗の造林は続き、日本社会と栗の栽培は縄文時代から受け継がれていることになるのだが、それを担う役割の人たちを「栗林」あるいは「栗栖」といい、彼らは、鹿児島の隼人と関連の深い山民、すなわち、非農民の職能民だった。

苗字としての「栗栖」は僕の郷土に近い広島県山県郡戸河内に極めて多い名前であるし、栗林さんという知り合いも別にいるので、この話はなんとも興味深いものだった。

◎さて、この本のテーマは主に二つあるが、一つは栗の話に関係している。栗林の世話をする人びとを無理やり農民のうちに押し込んでしまい、「百姓」=農民という公式を打ち立てて、日本社会を古代から農民が圧倒的に多い社会だったとする考え方は一般的で、マルクス主義にもそのまま受け入れられているのだが、それは間違いだという話である。

実はそのことが共産党の戦略も間違えさせたというのが網野さんの主張である。

百姓=農民と記録してきたのは、日本特有の表記法であり、その表記法では海の豪商と言える能登の豪族が「水呑」、すなわち零細な農民として記録されてしまう。本当のところは、百姓の4割は非農業民としての職能民であり、彼らの周囲には都市的な交易関係が成立していた。日本社会は、均一な農村社会ではなく、多彩な都市的要素も豊富な多様性のある社会だった。

しかし、これを均一な農村社会から均一な労働者層を生み出したように演出したのは明治の富国強兵政策であり、生産力を第一に考えるマルクス主義もそれを疑うことはせず、農村社会から工業社会への社会進歩と考えた。

このことは男女平等の視点からも大きな意味をもっている。非農業民社会、職能民社会は職能の相当部分が女性によって担われるために男女平等性の高い社会だった。たとえば養蚕は農業とは全く区別される職能民の仕事で、皇后が皇室内で養蚕を続けているのもその反映である。

一方、農業社会は典型的に男性社会である。

「愛の労働」と関連するのはこのことで、農業生産力を経済活動の中心として描き出す虚構の中では、非依存者の世話をする依存労働は女性の労働として、そもそも労働とみなされない結果になる。このことが、いまなお、介護労働者の待遇を極めて低い位置にとどめる遠因ともなっている。

やや極論だが、言ってみれば、女性の力の強かった職能民を農民やその後継者である工場労働者に従属させてしまうことにより、闘う階級の構造も見誤るという失敗を共産党に生じさせた、と網野さんは考えているようである。工場生産力の増大を社会の進歩の指標とするのでなく、職能民的歴史を視野に入れて、交易、交換関係から社会の進歩を考えたらどうかということである。

この考えは、「世界史の構造」の柄谷行人とほぼ一致するし、キティの「愛の労働」の評価の主張に重なる。

基本的には人間と自然の交渉が「生産」で、人間と人間の交渉が「交換」であったり、「依存」であるのだ。

◎それから、この本の主張の第二は、これまで無意識に使っていた「日本」という言葉の衝撃的な見直しである。

たとえば日本共産党、と名乗る政党があるが、その「日本」は何なのだろうかということである。それは地名なのか。

「日本人」という言葉を考えるとその問題はよく分かる。「日本人としての誇り」と曽野綾子がいう時、その日本人の中には帰化した韓国出身者は含まれないだろう。しかし、日本人は、日本国籍を持つものとしか定義できないのである。

日本を地名とするとき、そこには北海道や琉球は入るのか。つい500年前には、両者が日本という地名の中に含まれなかったのは明らかである。そんなに不安定なものを地名と呼ぶことはできない。

結局、日本というのは、天皇制と結びついた1300年程度続く「国号」である。いつでも廃止される可能性がありながら、偶然の重なりによって続いてしまった国号にすぎない。たとえば、1945年に朝鮮半島に代わって分断国家になっていたらその名は消えていたということは十分に考えられる。こういうものを、共産党が自分の名前の冠にするのはじつはとても奇妙なことである。

では、僕らは、花づなのようなこの列島をどういう地名で呼べばいいのだろうか。そういうものを人為的に定められるどうかはわからないが、出来れば「日本」とは別の納得できる地名を選ぶことが未来の課題だろう、と網野さんは僕らに提案するのである。

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