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2014年2月26日 (水)

民医連らしさを ベクトルで知ろう

これは加藤周一さんのベクトル法を用いた「日本文学史序説」の方法のものまねにすぎないのだが、外来の技術や技法が民医連に入ってくるとどう変形されるかを探ることから、民医連らしさを抽出できるのではないか、と思える。

HPH(ヘルス・プロモーティング・ホスピタル)にしろ、SDH(健康の社会的決定要因)にしろ、家庭医療にしろ、私たちの捉え方は私たちの個性、すなわち、民医連らしさに大きく影響されている。

HPHは、外国では個人の生活習慣是正が主流のようであり、台湾に至ってはそれが国策として各病院に押し付けられているのであって、民医連のように、新自由主義で崩壊の危機に瀕した地域社会の健康を再建しようとする病院の在り方として受け止められているところはないのではないか。

SDHも、外国では新自由主義に批判的な政権の政策立案の基礎としてあくまでも改良主義の範囲にとどまるものであり、民医連のように必要であれば社会のあり方そのものを変えることも躊躇わないあるいは日常診療の隅々にSDHの視点を生かして行こうという姿勢に基づくものではない。beyond the SDHと私がいうのはそのためである。

家庭医療も、外国ではあくまで医師の技術である。そのコアである「患者中心の医療PCM」(カナダ)をいくら読んでも、職員全員でそれを学ぼうとか、地域住民に、その特徴を説明して、考え方を共有し、地域住民をまるごとPCMの主体にしようという発想はない。PCMを受け止めて、全職員で学ぶ、住民にも知ってもらうと考えるのが民医連らしさである。

このように、いくつも具体的な民医連らしさを並べていくと、帰納的に、本質的な民医連らしさが浮かび上がってくるのではないか?

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