« 川口啓子「職場づくりと民主主義 仕組み・会議・事務」文理閣2013/2・・・ケア・マネージャーの仕事こそ、再興され、より本質的なものになる事務労働の典型なのだ・・・事務労働とケアの共通性 | トップページ | パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」三砂ちづるによる新訳、亜紀書房2011/1  虚構引用 »

2014年2月 8日 (土)

救急病院を支えるタクシー会社、という「上から目線」発言

ソチ・オリンピックの開会式を少し見て就寝したが、すぐに病院から電話。

「隣の町の市民病院にかかりつけの人が吐血して救急車を呼んだが、その市民病院から受け入れを断られたので、10Km以上離れている僕らの病院に来てしまった、ついては緊急内視鏡をしてほしい」
と当直医が眠そうな声で言う。

「ショック状態で輸血を準備している」

僕より若い内視鏡医がみんな病院を去ったので、緊急内視鏡にあたる医者は僕しか残っていないのだ。

話からすると静脈瘤の結紮術が必要かなと思いながら、内視鏡室のスタッフを呼び出すよう依頼して、自分はゆっくりとタクシーを呼んだ。

「病院で何かあったんですか、さっき看護婦さんを二人も病院に運んだばかりですよ」と当直の運転手さんに言われて笑ってしまう。「おんなじ仕事をしに向かっているんですよ」

だが、気付いてみれば、僕らが働く前に、今晩の当直のタクシー運転手さんが大活躍していることになる。救急告示病院としてある程度の地域貢献をしている僕らの病院も、実はこの零細なタクシー会社に支えられているし、結局、病院とタクシー会社が一つの救急チームを作っているようなものだ。

そう思ったことをそのまましゃべると運転手さんは当惑して「そういうことになりますかね」とすぐには賛意を表しない。やみくもに褒められて照れくさいし、僕の発言に若干の「上から目線」が含まれていることも気づいたのだろう。

まるで「君たちはどう生きるか」のコペル君の叔父さんみたいなことを恥ずかしげもなく口に出したことを少し反省して車を降りた。

緊急内視鏡が終わるともうすっかり明るくなって、同じ会社のタクシーで、その市民病院のある町の僕らの診療所に出勤した

|

« 川口啓子「職場づくりと民主主義 仕組み・会議・事務」文理閣2013/2・・・ケア・マネージャーの仕事こそ、再興され、より本質的なものになる事務労働の典型なのだ・・・事務労働とケアの共通性 | トップページ | パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」三砂ちづるによる新訳、亜紀書房2011/1  虚構引用 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 救急病院を支えるタクシー会社、という「上から目線」発言:

« 川口啓子「職場づくりと民主主義 仕組み・会議・事務」文理閣2013/2・・・ケア・マネージャーの仕事こそ、再興され、より本質的なものになる事務労働の典型なのだ・・・事務労働とケアの共通性 | トップページ | パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」三砂ちづるによる新訳、亜紀書房2011/1  虚構引用 »