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2014年2月 3日 (月)

民医連をベースに「患者中心の医療」PCMを発展させること

(1)

週末のやや長い出張から帰ってきて僕の決意したことは、単なる「教育立県(連)」ではなく、「患者中心の医療PCM学習立県(連)」である。
*県(連)としたのは、ただしくは、全日本民医連の県連という意味だが、語呂が良くないので(連)と略したわけである。

その理由は、マックウイニー、モイラ・スチュアート(カナダ)らの提唱するPCMが、今後の医療論の中心になっていき、民医連医療論もそこに合流するだろうと、多くの人々への質問から確信したからということである

しかし、これでは「観光立国」、「教育立党」の掛け声などと同じく上からの改革で終わり、結局は実を結ばないのではないかという危惧は当初から感じている。
(2)
医師が当面学ぶべきは、医療チームと自分自身のためのマネージメント理論であり、経営理論ではない。
とはいっても、ある立場の医師は経営理論を学ぶ必要がある。それは経営幹部の内部牽制のためという意味が大きい。その意味では日々の業務に直接役に立つことではないので、その学習は努力と忍耐を要することだろう。

一方、事務職あるいは事務系幹部が「患者中心の医療」論を学ぶことは、医療職の活動向上を支援する意味合いが大きいので、これもまた、努力と忍耐が必要なことだろう。

そういう意味では、フィフティ-フィフティという話ではあるのだが、事務職が「患者中心の医療」論を学ぶことは、事務職が医療専門職と住民・患者の間を媒介する役割にあることを自覚しているのであれば、住民・患者側から見た医療論の発展の端緒ともなる可能性があるのである。

その意味がわかると、この学習は楽しくて仕方がないもので、上から押し付けられたものとは思えなくなるはずだと思うのだが。

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