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2014年1月10日 (金)

改良主義的な「 健康の社会的決定要因 SDH」を超えて進むには Beyond the Socia l Determinants of Health

朝一番の便で東京に向かおうとしたとき、昨日の夕方心肺停止になり、蘇生術を施して人工呼吸を続けていた人が亡くなったという知らせが届く。この人との生前の会話を思い出したり、未明から僕に代わって心臓マッサージを長時間行ってくれた当直医に感謝しながら飛行機に乗ることとなった。

今日はこの冬一番の寒さで、宇部には積雪はないものの防府から東は平野部も白く、山にはしっかり積雪がある。中央の山岳地帯に入ると、夏には見られない美しさである。

寝不足の頭でぼんやり窓の外を見ていると、ふと健康の社会的決定要因(以下SDH)の僕たちの運動への位置づけについて、新しいことが見えてきた。

社会格差と健康破壊が強い関連にあることは明らかであるが、その間に因果関係を描くためには、医学的にはストレスが媒介因子として想定されている。

しかし、それだけにはとどまらない社会的媒介経路が具体的に明らかにされて初めて因果関係の蓋然性が高まるし、同時に、社会格差の健康破壊を緩和するための地図、ロードマップが見えてくるのである。

それがSDHなのだ。

2003年のWHOヨーロッパ事務局が出したパンフレットである「ソリッド・ファクツ 確かな事実」では「不幸な子ども時代を送る」ことなど8項目が抽出されて、世界に衝撃を与えた。

したがって、SDHは世界の人々の健康観を一新するものであったし、実践的にはWHOが確立を試みてきた健康戦略の実現可能性を画期的に高めるものとなった。僕は後者を捉えて「SDHが健康戦略を空想から科学に変えた」と呼んだのである。

しかし、SDHは万能ではない。それは実践的な意味では社会格差の解消を必ずしもめざすものではなく、社会格差の健康への影響を緩和する改良主義しか提示していない。

社会格差そのものを緩和、あるいは解消することこそが真の健康戦略である。それは、「SDHを超えて」としか表現できないもののような気がする。

そんなことが形をなしてきたころ、飛行機は羽田に着き、冷気が襲ってきた。

今日の会議は発言しないまま帰るという、昨日の方針が貫けるかどうかは、心許ない。

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