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2014年1月26日 (日)

「生協小野田診療所」のリニューアル、とレセプション挨拶

1/25(土曜)はリニューアルなった「生協小野田診療所」(山口県山陽小野田市)で午前中は医療生協理事会、午後は近くの江汐公園内のホテルでそのお祝いのレセプション。それぞれ理事長挨拶を考えないといけないのでなかなか大変。

理事会では、安倍暴走政権は本気で日中開戦を考えているのかどうかという最近の話題を取り上げる。真珠湾攻撃のように、緒戦で勝てば押さえ込めるなんて考えているのかどうか。

レセプションでは、僕自身が26歳で初代所長だった診療所の歴史を語り、安倍の戦争嗜好と社会保障破壊への闘争宣言をする。地元として安倍支持の人も多いはずの集まりなので、直前まで言い回しに悩む。「お足元が悪いなか」となど天気の話をしていればいいのであれば気楽なのだが、そうもいかない。...

それが終わると、宇部の病院で当直の最高齢記録を更新にかかる。発熱と嘔吐の患者がとぎれない上に、午前3時から、S状結腸捻転の内視鏡による解除をしなくてはならなくなり、看護師さん2人呼び出し。

眠気と格闘しながら、どうやら解除できた。できなければ、これからでも手術してくれる外科のある病院を探さなければならなかったので一安心。・・・といってもすぐに再発する可能性もあるなぁ。

こうして、気の抜けない一日が過ぎていくのである。
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挨拶原稿をあわせてアップ
本日は、生協小野田診療所リニューアル完成レセプションにご臨席いただき、真にありがとうございました。

宇部協立病院リニューアルと同じく浅沼組さんにお願いして、昨年から建設を進めてきましたが、無事完成して、この1月14日より新しい建物で診療を開始致しました。

ひとえに皆様方のご厚情の賜物であり心よりお礼申し上げます。

振り返りますと、小野田診療所は36年前の1978年10月に、医療生協健文会の前身である山口健康文化会の二つ目の診療所、山口民医連としては4番目の診療所として、多くの方々の尽力で開設されました。

小野田市を代表するような「小野田診療所」という名前はいかがなものか、もっと慎ましく「くし山診療所」でいいのではないかという、小野田市医師会の長老の方々のご意見もあったそうなのですが、結局、ご理解をいただき、場所も今日と同じ、当時は「いこいの村江汐」と」呼ばれていたこの建物で、当時の川村市長さん、小野田市医師会長だった森田病院の先代の院長先生にも出席していただいて、開所の祝賀会を開いたことを昨日のことように覚えております。

初代所長だった私はまだ26歳で、初代事務長で後に小野田市の市会議員にもなった浅田さんも30そこそこ、4人いた看護師も全員20代前半という未熟な集団として出発しました。。


診療所の土地を譲ってくださったのは小野田食品の社長で市議会議長もされた清水安雄さんでしたが、隣に出来た診療所にちゃんと患者さんが集まっているかどうか心配して何度も見に来ていただいておりました。

若輩者が所長をしていて、相当その期待を裏切ってしまったのではないかとおもいます。

その後、医科の所長は、白藤医師、仲地医師、故人となった吉野邦雄医師、小橋医師、滝川医師、吉見先生と次々と変わり、それぞれの奮闘はあるものの住民の皆様側からは安心できない状態のままできましたが、現在の広田医師が赴任してようやく安定した状態になりました。

この間1993年7月には篠原先生を初代所長に迎えて歯科を併設し、また1998年には日本で一番小さいと自慢したデイケアを作るなど、なんとか、自分たちのできる範囲で地域の要求に応えようと努力はしてきたつもりです。
歯科所長もその後、浅田医師、戸井医師、橋本医師、藤本医師と変わりましたが、現在は藤田所長と篠原歯科部長の安定した2人体制となり、非常に頼りがいのあるものとなっています。

そして現在、医科、歯科とも山陽小野田市唯一の無料低額診療実施医療機関であり、貧富の差別のない医療を掲げて努力中でもあります。

今回のリニューアルにともない、名称を小野田診療所から改めて、「くし山診療所」ではなく、「生協小野田診療所」に変更いたしましたが、この意味はとても大きいと思います。

と言いますのは、医療生協は、最近も国の示した社会保障の体系のなかでも、新しい公共として、国や県が提供する「公助」に次ぐ「共助」だとされており、健康保険組合や、国民健康保険などと同じ地位を占めるものとされたからであります。

社会保障において国や県をはじめとする公(おおやけ)の役割の後退には私は断固反対しますが、医療生協を正しく公共性の高いものと位置付けていただくことは大いに歓迎いたします。

したがって、地域の皆様に支えられるというだけでなく、名実ともに地域の皆様の共有財産としてのより公共的な、非営利的な大きな働きが期待されていることを表現する名称変更であります。

2025年めざして整備が進められている地域包括ケアのなかでも、山陽小野田市にしっかり意見を言い、小野田赤十字病院他の医療機関と在宅医療のネットワークを固くつくって行くという新たな一歩を踏み出しているのですが、それを「生協小野田診療所」という名前で始められたことはとても嬉しく意義のあることだと思っています。

 さて、山陽小野田市には健文会全体の約1/5に当たる3000人の医療生協健文会の組合員がいて、健康づくりや明るいまちづくりの取り組みをすすめています。

今回のリニューアルも中心は医療生協組合員でした。

今後とも医療生協組合員と診療所職員ががっちりと手を結んで、こどもから高齢者まで、すべての人が尊重され、いつまでも安心してくらすことができるまちづくりに貢献していく運動を進めてまいります。

そして、本日ご臨席いただきました行政、医療・介護施設、地域住民の方々と力を合わせ多様な連携をくりひろげ、
今の安倍政権が進めている戦争準備と、聖域なしという医療・介護破壊の方向に
正面から対抗する真の地域包括ケアをこの山陽小野田の地に実現することが私たちの夢でございます。

これまでの36年間の御支援に厚く御礼申し上げるとともに、これからの一層の御協力を心から御願い申し上げます。
 以上、簡単ながら私のご挨拶といたします。

本日は真にありがとうございました。

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