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2014年1月20日 (月)

ある講演の準備 Ⅰ

今日は、「民医連医療の展望」というテーマで話す機会を与えていただきました。ちょうど41回総会の活動方針案も発表されて、活発な議論が始まっていますので、それに関連したお話にしたいと思います。

といっても、活動方針案づくりの中で、私自身の意見は採用されなかったものも多いので、いまのところ少数意見にとどまるというものがある程度含まれるということをあらかじめご承知いただきたいと思います。

民医連の医療活動は様々な側面から語ることができます。大きく分けて、施設の規模別に急性期大病院・中小病院・診療所といわば交流集会ごとの縦割りにして考える側面と、施設の規模とは関係なく横断的に、民医連らしさという性格で考える側面とがあろうかと思います。今日はその後者の立場から論じたいと思います。

キーワードは、健康権、SDH、患者中心の医療です。

まず、今回のお話の要旨ともなる文章をお目にかけたいと思います。実は、方針案作成の際に、事務局から求められて書いたものでありますが、なぜか開封されないまま、方針案完成まで眠っていたというものです。

 

 

資料1

基本的人権の基礎をなす健康権には、それぞれ深く関連する哲学、法、実践の三側面があります。

哲学的には、健康の公平を正義の基礎だとするアマルティア・センのケイパビリティ(=「自由選択の幅」)・アプローチが代表的です。

法的にはWHO憲章(1946)、世界人権宣言(1948)、国際人権規約-経済的社会的文化的権利に関する規約12条(1976)、国際規約人権委員会「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約」第12-「健康権に関する一般的意見第14」(2000)が代表的なものです。

それを踏まえたうえで、民医連が関わるのは、目の前の明白な人権侵害、すなわち健康破壊を一歩でも解決する世界的な実践運動としての健康戦略です。

健康戦略はWHOのアルマ・アタ宣言(1978)において誕生し、そこで唱えられたプライマリ・ヘルス・ケア、次いでオタワ憲章(1986)で謳われたヘルス・プロモーションを経て、「健康を損なう社会的決定要因をなくす」としたジャカルタ宣言(1998)、「健康の社会的決定要因SDHをコントロールするヘルス・プロモーションをめざす」としたバンコク憲章(2005)に見られるような新たな質のヘルスプロモーションに発展してきました。

ヘルスプロモーションは、世界の国々や、それぞれの社会を挙げて取り組むべきもので、そのいくつもの実践のなかにHPHやHC(ヘルシー・シティ)、HPS(ヘルス・プロモーティング・スクール)、HPC(ヘルス・プロモーティング・カンパニー)などの試みがあります。なかでもHPHは、医療・健康の専門家によって推進され、医療機関の持つ保健予防機能を計画的に地域に提供するものとしてヘルス・プロモーションの中でも特別の地位を占めます。現在の所、日本では民医連だけが意識的に追求していますが今後、多くの医療機関に呼びかけて、すべての医療機関がHPHであるという状態と、それを可能にする方法論の開発をめざすことが必要だと思えます

一方、SDHの発見は、健康戦略の歴史において米英で強調された健康の自己責任論などによる歪曲を克服し、ヘルス・プロモーションが真に科学的で実現可能なものに発展する上で革命的な意義をもつものでした。SDHは、民医連が実践的に見つけてきた「患者の立場に立つ医療」「労働と生活の視点で疾病をとらえた医療」という理念と共通するもので、それに深い根拠を与えるものです。

SDHの発見は 健康の公平を正義の基礎とするという健康権の哲学的側面にも根拠となる決定的事実を提供しました。同時に健康戦略において、整然とした政治目標を決定する上での理論的なバックボーンとなりました。

SDHに裏付けられた健康権の視点は今後、民医連などの医療・福祉団体の日常的実践の隅々に浸透していくことが求められます。

これはまだ、見取り図の段階ですが、これはカナダのマックウイニーらが提唱し世界に広がっている「患者中心の医療」PCMのなかにSDHの視点を取り込んでいくことによって可能になるものと思えます。

PCMは民医連の発見してきた「共同の営みとしての医療」に合致し、それをより精密にしたといってよい医療理念であり、臨床の方法論です。民医連がこれをよく認識して、自らの課題としてPCMとSDHを一体のものとして発展させることができれば、「共同の営み論」「患者の立場に立つ医療」「労働と生活の視点で疾病をとらえた医療」という民医連の中心的理念の発展をもたらすと同時に、世界の医療理念への大きな貢献になるものです。

PCMとSDHの一体化は、従来の「病院治療(キュア)モデル」から「生活(ケア)モデル」へ医療を発展させる場である地域包括ケアのなかでこそ大きく進むものです。狭い家庭医学の中で可能なものではありません。これを推進するには、従来型の組織図から離れた、職種横断的な「地域医療・介護部」のような推進組織が必要と思えます。

このことが成功すれば「究極の医師対策、医学生対策の武器」(Facebook 「民医連交流のひろば」における篠塚雅也医師の発言による)になることは間違いのないことです。

資料2

社会格差と健康破壊が強い関連にあることは明らかであるが、その間に因果関係を描くためには、医学的にはストレスが媒介因子として想定されている。

しかし、それだけにはとどまらない社会的媒介経路が具体的に明らかにされて初めて因果関係の蓋然性が高まるし、同時に、社会格差の健康破壊を緩和するための地図、ロードマップが見えてくるのである。

それがSDHなのだ。

2003年のWHOヨーロッパ事務局が出したパンフレットである「ソリッド・ファクツ 確かな事実」では「不幸な子ども時代を送る」ことなど8項目が抽出されて、世界に衝撃を与えた。

したがって、SDHは世界の人々の健康観を一新するものであったし、実践的にはWHOが確立を試みてきた健康戦略の実現可能性を画期的に高めるものとなった。僕は後者を捉えて「SDHが健康戦略を空想から科学に変えた」と呼んだのである。

しかし、SDHは万能ではない。それは実践的な意味では社会格差の解消を必ずしもめざすものではなく、社会格差の健康への影響を緩和する改良主義しか提示していない。

社会格差そのものを緩和、あるいは解消することこそが真の健康戦略である。それは、「SDHを超えて」としか表現できないもののような気がする

SDHを超えてといいながら私はまた別に、SDHという枠組み,すなわちSDHという概念を用いて考えることの意義を改めて見出してもいます。

資料3

パウル・フレイレ「被抑圧者の教育」亜紀書房2013(三砂ちづる新訳)を読んでいると、SDHの枠組みを知ることは、病気になった人が自らを被抑圧者、健康を支配者から奪われたものとして認識することに役立つこと、そして誤った自己責任意識から解放されることが第一だと思えて来た。

それはすでに明治時代、肺結核で亡くなった石川啄木が次のように歌った直観の科学的認識である。

「わが病の その因るところ深く且つ遠きを思ふ。 目をとぢて思ふ。」

もし患者にその自覚があれば、医療者の行う健康教育に対しても、知識の一方通行的伝達である「銀行型教育」を否定し、まず自分の物語から学ぶことを要求するだろう。

だから、問題はどうSDHの枠組みを伝えていくかである。

そこで今、結論的に考えているのは、SDHについて学ぶことの意義は、①目の前にいる病気で悩む人の理解を深め、その大きな原因としての差別や貧困の存在を明瞭に認識し、②その健康への影響を緩和するように実践にむかって一歩を踏み出すことと ③差別や貧困の原因に対して探求の目を持つようになるという3点です。

①が狭い意味でのSDHの学習の意義です。

②は臨床現場では「患者中心の医療学」という形で表現されることになります。③は健康がこの世界の正義の基礎であるという哲学的な認識に始まって、それを妨害する差別や貧困がなぜ発生し、どうすればなくせるのかというのかを問うという、いわば社会主義の探求に私たちを導いていくものです。③はすでにSDHを超えている問題だと思います。

そこで、民医連のSDH理解の到達点を振り返ってみたいと思います。

39回総会では、ある解説文が方針についていました。

その後僕がこれを間違いだと主張したので、40回総会では別の図となりました。

これも間違いだと言ったのですが、その意見は採用されませんでした。しかし、39回総会より良くなったのであえてそれ以上の異論は唱えず、出身県連の討論の名でのみで「あれは間違いだ」と断言しておくにとどめたのですが、代議員の一人が、参加した分科会で「当県連出身の理事である野田がこの図は間違っていると言っている」と発言したので、やや騒然となって、その分科会の座長からは「後から鉄砲を撃たれた気がする」と非難されました。

理事会などでも鉄砲を後ろから撃つ役員をしばしば見ます。そしてその人は組織原則をよく理解していないと評価されることが多いのですが、その背景には討論の不足、それも参加者の間に権威勾配が強くあって生じる討論の不足があることも間違いないと思います。私の場合はそれには当たらないと思いますが。

さて、では、私がSDHをどうとらえているのかをご説明しようと思います。ようやく、本質的な議論の入り口に到着しましたので、ここでこれまでの話についてご質問を受けようと思います。

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