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2014年1月16日 (木)

キュアとケアの違い

キュアとケアの違いについて質問されたので少し考えてみた。

結局、生物医学モデルで行われる営みをキュアといい、生物医学-心理-社会モデルで行われる営みをケアと言うのだろう。

すなわち、ケアはキュアを包含する概念で、対立するものではない。

それから、「いのちとくらし研究所報」2013年6月30日号に載っている鳥越俊太郎さんの講演の中にある「それでも私は、がんになって良かったと思っているのです」という言葉(9ページ)について考えた。

癌に罹患することはいいことでも悪いことでもない。自然現象で、人間の価値にとっては中立的なことである。それを「いいことだった」とする方向にするのか「不幸だった」ことにするのかは、その人の獲得するキュアとケアの水準が決めるのだろう。

大きく言えば、その社会が保障するケアによって、人間が経験する病気の価値が決まってくる。

*癌に罹患することは、環境的、職業的な物理化学的要因の影響や、また貧困などの社会的要因の影響も大きいので、現状では自然現象とは言いにくいのだが、そうした要因をすべてなくしてもなお、癌に罹患することは避けられないので、その部分は自然現象としか言えない。

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