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2013年12月20日 (金)

勇気之至誠

2週間ぶりに東京に出て来て、今は2週間前とは違った国になっているのだということにふと気づく。

つい最近までは岩国基地のゲート前に行き、誰に咎めらるはずもないという思いで写真を撮っていたが、もはや、ふと不安がよぎるだろう。

19日の「朝日」朝刊で高橋源一郎がデモと並んで歩いていて突然逮捕された約50年前の思い出を書いているが、それが日常になる気がする。

会議が終わった深夜に雑誌「」1月号渡辺 治「安倍改憲の歴史的位置と新たな特徴(上)」を読むが、
「秘密保護法がないことこそが全国で基地の監視運動が継続できる大きな理由の一つになって来た」という一文にさしかかって、急にそのことが肌身に迫ってくる。

これからは様々に日々が脅かされて行くのかもしれない。

しかし、そこで萎縮しないことこそが大切だ。
場合によっては留置所が仲間で満たされて相手が持て余すほどにしなくてはならない。

そんなことを考えていたら石井百代さん75歳の作品「徴兵は命かけても阻むべし母・祖母・おみな牢(ろう)に満つるとも」を自然におもいだした。

ソウルの記念館で見た金大中自筆の手帳にも書かれていたように、勇気こそが今一番たいせつなものである。(延世大学付属金大中図書館:「勇気之至誠」)

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