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2013年12月18日 (水)

診察時間の無駄話について

電子カルテに切り替わって、紙カルテに書いていた僕なりの重要情報がすべて消えてしまった。誰も重要だと思ってくれなかったからである。

それにめげることなく、情報更新の良い機会だと考えることにして、いませっせとすべての患者さんから改めて聞き取っていることがある。

実はきわめて簡単なこと二つである。

①通院の交通手段は何か?

②病気が急に悪くなって救急車を呼ばなくてはならないとき、誰か助けてくれる人がいるか?

いわば診察時間内の無駄話である。

だが、これを聞き始めると、周辺の情報が次々に出てくる。

高齢の人は、最近自分の運転での通院を止めたという人が多い。家族の運転で、という人も多いが、それが出来ない人はバスで来ている。どんなに苦労していることだろう。それでも来れなくなった人は、訪問診療にきちんと切り替わっているだろうか。自然に僕の前から姿を消して、こちらが気づかないでいることはないか。

緊急時に助けてくれる人がまったくいない、という人も多い。助かることもできるのに無念の孤独死を遂げる有力候補なので、介護保険利用の申請の話をその場で始めなくてはならないこともある。

これを続けながら、ふと広島に住む自分の父親のことを考えてしまう。本来の住居から330m降りてきて、それでも標高500mの山村に独居し、危なかしい運転で町立病院に通院して、入退院を繰り返している。緊急時に助けを呼べる隣人もいない、そろそろ限界かなと思わざるをえない。

ところで、この二つを聞き終えたらやろうと思っている次の質問セットがある。

③仕事(若いころの仕事を含む)は何か、何だったか

④なぜその仕事に就いたのか

である。特に④が重要である。

約5年前、じん肺の患者さんに④を聞き始めたら、止めることもできないほど物語があふれでて、その大半が山村の貧農たちが高度経済成長にどう翻弄されたかという体験談だった。

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