« コーチングも、患者中心の医療も、質的研究の中から生まれた。民主的に改善を積み重ねようとしている職場は、質的研究を続けている職場である。その代表が看護研究だといってもよい。 | トップページ | 2013/11/23 法人理事会挨拶を執筆中 »

2013年11月21日 (木)

ベナー看護論 三度目の書き直し

先日の診療所長交流集会で、藤沼先生とも話し合いながら、質的研究の重要さについて改めて考えた。

ここで取り上げる「ベナー看護論」というのは、これまでの看護教育で誰もが到達できるのは、看護師を5段階に分けて3段階目に当たる「一人前ナース」までであり、その上の4段階目の中堅ナースになるには一つの不連続、あるいは飛躍がある、ということに注目したものである。

だれもが中堅ナースになれるわけではなくて、その可能性がある人にそれを成し遂げさせるには、最上位5段階目にいる達人(エキスパート)ナースの経験が伝達されることが必要である、とベナーさんは気づいた。

考えてみると、職業人の成長は概してそういうもので、ありきたりのレベルにはたいていの人が到達可能だが、それを一歩超えるには優れた指導者が居合わせなければならないというものだろう。

そこでベナーさんはその優れた指導者を「達人(エキスパート)ナース」となづけて、その仕事振りを観察し、達人(エキスパート)ナースがどんな方法でその一歩を飛び越えさせているかという経験則を発見しようとした。

これは研究スタイルとしては質的研究に属する。

ベナーさんが、だれしもが認める達人(エキスパート)ナースの行動を観察すると、達人(エキスパート)ナースの機能に七つの領域が存在することが発見された。

ベナーさんは自らそれをベナー看護学と名付けた。

結果として、「一人前ナース」が「中堅ナース」に成長するのにどういう援助が必要なのか、という当初の関心はその一部になった。

看護学というのは、どうやら、そういう質的研究に基づく経験的学問のようだ。

生まれながらのコーチとされる人を研究して、コーチングという学問が確立したのと同じだ。

その達人(エキスパート)ナース機能の七つの領域のなかで私にとって印象的なのは「診断機能とモニタリング機能」である。 さらにその中で「早期に警告信号を提示する」ということが強調されている。

これは最近チームSTEEPSで強調されるSBARやCUSにはるかに先行する。

大事なことは、警告信号をうまく医師に伝達するということである。 達人(エキスパート)ナースは理解力の低い医師に、どう自分の警告を受け入れさせるか、さまざまなテクニックを持っていることが、インタビューによって明らかになっている。

振り返ってみると、僕自身のプライドを傷つけない上手な言い方で、患者の重大な変化をナースから指摘され、素直に次の行動に動けたおかげで、患者さんも僕も危機を免れたことは多々あったような気がする。

(ただ、本当に上手な指摘は、ごく自然に行なわれて記憶に残らない可能性があり、「あのときの指摘はありがたかった」と感謝されるナースは二流なのかもしれない。)

逆に、指摘の仕方がこれ見よがしであるためにかえって医師がうまく次の行動を取れず、せっかくのナースの気付きも生かせず、結局、患者の予後も悪かったというシーンも多々ある。

そういうナースは患者の自然な行動変容も許さず、自己の支配下に置こうとして、患者を不幸にしている可能性がある。それでいて、自分を優れたナースと誤解しているのかもしれない。

こういうことも学術的な研究対象になるのだ。

以下は、断片的なメモである。

○ナースの技能の熟練に関するベナーさんの研究にはモデルがある。

それはドレイファス兄弟が行なった飛行機パイロットなどの熟練に関する研究である。 ドレイファス兄弟は熟練者について3点の特徴を示している。

①抽象的原則でなく個人的経験を信頼する

②部分でなく全体を把握する

③観察者でなくのめり込む実践者になる

大事なことはそののめりこみが、わが身をほろぼすことになってもそれを恐れないものだということである。それは対象に対する献身的な愛情によって裏付けられることである。

学生はこの熟練者をめざして初心者、新人、一人前、中堅、達人の5段階を通過していく。 このモデルにしたがってベナーさんはナースの5段階の特徴を明らかにしようと試みたわけである。

初心者、新人、一人前までは、たとえばマニュアルをどれだけ覚えているか、また実践できるかという試験でも評価できるのだが、中堅に達しているかどうかは、その方法では分からない。

中堅以上のナースはマニュアルを離れてマニュアル以上のことを達成することが求められる。  これを熟練というのである。

*僕の好きなドラマERの古いシリーズに登場していた看護師長キャロル・ハサウェイ(ジュリアナ・マルグリーズが好演)のエピソード。

一人で肺癌の臨終のときを迎えた貧しい患者のそばにしゃがんで自ら煙草に火をつけ、吸い込んだ煙をそっと患者に吹きかけてやった。その煙を吸いながら患者は息絶えた。

これこそがエキスパートナースの仕事である。 しかし今のナース界ではこれは規則破りとして激しく糾弾されるのだろう・・・このあたりに、僕のナース幹部に対する失望や絶望がある。

そうした熟練の程度を評価する方法としてベナーさんは「語り=ナラティブによる同僚評価=育成面談」という方法を編み出した。

自分の経験が効果を発揮したと思えるこれぞという症例を、型にはまった症例報告でなく、その人らしさあふれる語りで披露してもらうことを育成面談の中心にすえるという方法である。

これは昇級試験である以上に、そうした語りの多数の蓄積こそが、後輩たちのよい教材になり、その病院の看護と医療全体を変える力を発揮することにつながるということが重視される。

それが聖路加病院では井部俊子さんによって「キャリア開発ラダー」という名前で採用されているのである。 僕が周囲に見聞しているナース教育とは相当違うのではないか。

|

« コーチングも、患者中心の医療も、質的研究の中から生まれた。民主的に改善を積み重ねようとしている職場は、質的研究を続けている職場である。その代表が看護研究だといってもよい。 | トップページ | 2013/11/23 法人理事会挨拶を執筆中 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ベナー看護論 三度目の書き直し:

« コーチングも、患者中心の医療も、質的研究の中から生まれた。民主的に改善を積み重ねようとしている職場は、質的研究を続けている職場である。その代表が看護研究だといってもよい。 | トップページ | 2013/11/23 法人理事会挨拶を執筆中 »