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2013年11月30日 (土)

発想の飛躍 ; 福本イズムと当時のコミンテルン;雑誌「現代思想」2013年12月号「特集現代思想の論点21」

①大きなマルクスと小さな小林秀雄の魅力の共通点が論理の飛躍にあるらしいということを書いてきた。

僕にとって、発想の飛躍の師匠は不破哲三さんである。

封建革命が、1185年の鎌倉政権成立から1600年の江戸政権成立まで続く400年の革命だったという彼の言明は、例えばフランスの市民革命が1789年から今日まで断続的に続き今なお完成されていないものだという推測を僕にもたらしたした。あとで振り返るとEU成立で完成したと総括されるのかもしれないが。

日本の市民革命については、1868年の第一次革命、1945年の第二次革命を経て、なおかつフランスに大きく遅れをとっている。日米安保解消で一応の完了をみるかもしれない。それは第一次革命から200年くらいは必要なのだろう。

ともかく、封建革命が400年かかったのだから、市民革命がそれ相応の長い時間を要するのは、不破さんに倣えば当然のことである。

不破さんは別のことも言っている。戦前の左翼運動の最盛期は、福本イズムの時代だった。党が不在で、各種の市民運動が自主的にの役割を果たした。

プロレタリア芸術運動に飛び込んでいた小林多喜二が、山本懸三の選挙運動で、雪の中を東倶知安に行ったのはその頃である。

最近の不破さんのスターリンとコミンテルンの関係の研究を詳しく読んでみると、福本イズムの頃、スターリンの他国の運動支配が弱まって、各国の運動が桎梏から解放されて活発化した理由が分かるかもしれない。

それは、またあとで考えるとして、最近、韓国に行って感じたことでもあるが、運動を一元的に支配しようとする政党が存在しないことが、どれだけ運動を活発にするかということである。ある意味で、韓国は戦前の日本の福本イズムの時代に似た状態に今あるのではないか。

左翼政党が必要でないと言っているのではない。大事なことは、かっての党のの役割は諸団体に委譲されたほうが運動が活発化するということである。

日本もほぼおなじである。政党はなくても、が不要になるはずはない。

はあくまでも必要で、その役割はそれぞれの運動の諸側面で、それにふさわしい諸団体が担うことになったと考えるべきである。

それらを統一戦線に結びつけて、議会の勢力にするのは政党の役割だろう。言ってみれば、正しい後衛というべきかもしれない。
およそ、誰にも肯定されそうにない飛躍した発想を述べてしまったが、その発想の源は不破さんの発言だったことを告白しておかなければならない気がして、書いてみた。

②その後、雑誌「現代思想」2013年12月号「特集現代思想の論点21」を読んでいると、1960・5・20の日米安保条約改定の衆議院での強行採決を民主主義の危機と感じてデモが大規模に広がり、時の首相岸信介を辞職に追いやり、池田勇人ー大平正芳ー宮澤喜一ら認憲・経済発展重視・協調路線を導いた変化を、「受動革命」と呼んでいる論者にであった。(木下ちがや 130ページ)。だとすると、1960年はやはり、日本の市民革命における第3次革命だったとしてよいようである。

③2013年11月26日の秘密保護法案強行採決は、第4次革命の契機となるに十分なもので、情勢も1960・5・20に酷似しているように思える。

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