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2013年10月 9日 (水)

健康権、ヘルスプロモーションという健康戦略,健康の社会的決定要因SDH、ヘルシー・シティ、HPH、QI

差し迫った必要があって以下のような文章を短時間で作ってみたが、文意がわかりやすいだろうか。

21世紀の民医連医療の実践と理論活動は何を明らかにしてきたか

―目標としての健康権、ヘルス・プロモーションという健康戦略、SDHという科学的認識、住民参加の医療改革のツールとしてのHPHやQI

 

 

Ⅰ 

20世紀の二回にわたる世界大戦の反省と教訓から、健康権の概念が打ち立てられた。それはべヴァリッジ報告(1942)にはじまり、WHO憲章(1946)、世界人権宣言(1948)、国際人権規約-経済的社会的文化的権利に関する規約12条(1976)、国際規約人権委員会「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約」第12-「健康権に関する一般的意見第14」(2000)などで繰り返し国際社会で確認されてきた。

いまや、「すべての人が到達可能な最高水準の健康を保障される」という健康権がすべての人権の出発点である「公正な機会の平等」の基礎をなすものである、ということは世界の共通認識になっている。

全日本民医連が39回総会(2010)から日本における健康権の確立を目標に掲げたのは世界の人権運動の趨勢を正面から受けとめ、日本で発展させようとしたものだった。

(以上はジョン・ロールズ「正義論」にも照応する)

*附 健康権と生存権の関係

日本国憲法25条は世界的な健康権運動の流れのなかにあるが、1946年時点でそれを「生存権」と名付けて憲法に明文化させた人々の思想的系譜はドイツの社会主義法学者アントン・メンガー1841-1906)の影響を受けた戦前の経済学者福田徳三(1874-1930)を経て日本社会党代議士だった森戸辰男と鈴木義男(いずれも民間の憲法研究会のメンバー)に至るものだったことがほぼ明らかになっている。

アントン・メンガーとベヴァリッジの思想の源であるフェビアン社会主義の間には交流があり、その後、憲法25条のもとで日本の社会保障の基礎を築いた1950年の社会保障審議会勧告にはベヴァリッジ報告が全面的に採用されているので、健康権と生存権を分離して考えることは難しい。

したがって、健康権という表現が世界の主流となっている現時点で、健康権と生存権という表現を健康権に統一することは問題がないものと考えられる。

ただ歴史的に日本の生存権保障は所得保障をもっぱらとし、健康権保障は所得保障を超えて社会的参加・自律・社会的支援に重きを置くという傾向の違いは感じられる。

(それに対して、以下はアマルティア・セン「正義のアイデア」などに照応する話となる)

法的権利としての健康権の整備はこのように進んだが、その現実社会での実現は幾度かの変遷を経ないと展望を得られないものだった。それは健康権確立のためのアクション・プランである「健康戦略」の誕生と変化として見ることができる。

健康権の実現をめざす健康戦略はWHOのアルマ・アタ宣言(1978)において誕生し、そこで唱えられたプライマリ・ヘルス・ケア、次いでオタワ憲章(1986)で謳われたヘルス・プロモーションの実践を経て、ジャカルタ宣言(1998)、バンコク憲章(2005)に至ってようやく初めて科学的と呼びうる健康戦略を獲得する。それが「健康を損なう社会的決定要因をなくす」(ジャカルタ宣言)、「健康の社会的決定要因SDHをコントロールするヘルス・プロモーション」(バンコク憲章)という新しい健康戦略だった。

そのなかで、健康の社会的決定要因SDH こそ、現在の健康戦略を理解する鍵であり、健康権を願望から科学的な目標に変えた主役である。

この変化を見る上で重要なことは、この変化は内発的な部分があるとともに、主として1970年代から世界を席巻している新自由主義の人権侵害に対峙して形成されていったということである。資本主義経済のグローバリゼーションは必然的なものであるが、それが人間の安全保障を脅かすことなく、安全をより堅固なものにするにはどうすればよいかと問いへの回答として、健康戦略の変化は生まれてきた。

医学・生物学モデルから生活モデル(医学・生物学・精神・社会モデル)へ、専門性から総合性へ、キュアからケアへ、「病院の世紀から地域包括ケアの世紀へ」(猪飼周平)、パターナリズムから患者の自己決定へ、とさまざまな視点から医療・保健・福祉をめぐる変革が語られているが、それらが時代を同じくしていることを考えれば、それらを部分部分の表現とする大きなパラダイム・チェンジが進んでおり、その中心に健康の社会的決定要因SDHの発見に基づく健康観の大きな変化があると考えられるだろう。

以上のような、健康権、健康戦略、ヘルス・プロモーション、健康の社会的決定要因SDHの歩みを見るとき、民医連がその60年の歴史を通して確立してきた「共同の営み」、「患者の立場に立つ」=「生活と労働の場から患者と疾病を捉える」「安心して住み続けられるまちづくり」という三つの中心理念との一致には驚くべきものがある。

患者の立場に立つ」=「生活と労働の場から患者と疾病を捉える」「安心して住み続けられるまちづくり」はまさに健康の社会的決定要因SDHのコントロールを通じたヘルス・プロモーションそのものを言っているのであるし、「共同の営み」は健康権の前提となる住民(患者)の自律、参加、専門家との協同という当事者主権(健康の自己主権)を表現している。この視点は家庭医療学においては「患者中心の医療」という方法論に発展し、世界の総合診療のコアになっている。

民医連が追求してきた方向は健康権の確立をめざす世界の医療・保健の進歩の本流にあることが改めて確信されるが、今後はより意識的にその発展に貢献していくことが民医連の特徴となると予想される。

健康の社会的決定要因のコントロールをめざすヘルス・プロモーションという健康戦略から導き出される課題にはヘルシー・シティがあり、これは民医連の「安心して住み続けられるまちづくり」という綱領上の目標に一致するが、それを構成する下位目標として現在注目を浴びているのがHPHQI事業である。

HPH ヘルス・プロモーティング・ホスピタルはヘルシー・シティをめざす運動の中で、医療機関が自主的に担うものの名称である。医療機関の持つ保健予防機能を計画的に地域に提供する方法論は現在の所、民医連だけが意識的に追求している。今後、多くの医療機関をこの運動に巻き込み、住民からの医療機関への信頼を飛躍的に高め、すべての医療機関がHPHであるという状態を目指さなくてはならない。

同時に、同じくヘルス・プロモーション活動をめざす学校(HPS)、企業(HPC)などと業種の壁を超えて、地域社会の中で「健康」の一点で広がる連帯を作り出していくことも求められている。

適切な指標を定めることにより医療の質の向上をめざすQIquality index事業の目的は、一医療機関の業務の質向上を超えて、医療の質向上を住民と医療従事者(提供者)の共通の目標にするところに主眼がある。そのためには、質指標を患者の生活、健康の社会的決定要因、および患者・家族も含むチーム医療のあり方に対応する指標を含むものとする必要がある。

そういう質指標が広く住民に公開され、その改善をともに議論することによって、住民(患者)は単なるサービスの受け手から、医療・福祉の創り手になることができる。住民にとって参加と自律を本質とする当事者主権(健康のの自己主権)の確立は、まさにQI事業から始まると言って過言ではない。

問題は、そのようにQI運動を発展させることができるかどうかであり、トヨタ式「カイゼン」の有力なツールだった「見える化」の範囲を大きく超えて住民全体のものとすることができるかどうかにQIの今後の本質的な課題がある。

 

次は 健康権、ヘルス・プロモーション健康戦略、健康の社会的決定要因SDH、住民参加の医療改革のツールとしてのHPH、QIなどの、これからの民医連の医療活動を前進させていくうえで鍵となる概念を、どう若い世代と共有し、それを端的にいえば「究極の医師対策、医学生対策の武器」(Facebook 「民医連交流のひろば」における篠塚雅也医師の発言による)にしていくか、という課題について論じたい。

 

 実は、これらの概念は、上では触れられなかった医療倫理とともに、「患者中心の医療」を代表的存在とする家庭医学・総合診療学の中では、個々の位置づけの適否はともかく必須の要素として位置付けられ、すでに座学の対象としてでなく、現場で学ぶための方法論も整備されている。

それを学ぶ態度として、ジョン・ロールズの「反省的均衡」(reflective equilibrium)を想起させる「反省的実践」(reflective practice)が強調されているのも新鮮な思いを抱かさせるものである。

この現状から出発すれば、必要なことが二つ浮かび上がってくる。

 

一つは現在実践されている家庭医学・総合診療学の組み換えである。「患者中心の医療」と言っても患者の背景となる社会の構造に無関心で、新自由主義が人間の安全や健康を破壊していることに対峙しない家庭医療学もある。これに対しSDHの視点から発するヘルス・プロモーションをこそ「患者・家族と医療従事者の共通の基盤」にする新しい「患者中心の医療」を私たちの手で築くことが求められている。

 

いわゆる、上流・下流の問題についても、これまでのように「下流を泳ぎきる診断の実力をまず身につけ、次の段階で上流が見わたせる視野を獲得する」という段階論から「上流が見えなければ下流も泳ぎきれない」という視点に転換すべきである。

 

実はいま現場で普遍的に用いられようとしている臨床倫理4分割法の中に、すでにその方向が示されている。臨床倫理4分割法は倫理問題に限らず、医療上の問題一般に対する意思決定法として有効な方法であるが、医学的適応だけでは意志決定せず、患者の選好、社会的な文脈に照らして、QOL、究極的には社会的正義に適うかどうかを判定基準として意思決定を進めて行くというものであるく。この過程は、まさに上流が見えなければ下流での意思決定がありえないことを示しているものである。

 

私たちの実践しようとする家庭医学・総合診療学は患者中心・SDHの視点・正義の3者が渾然一体となったものとして私たちの手で作りかえられた家庭医学・総合診療学である。そうなって初めて「究極の医師対策、医学生対策の武器」ともなりえる。

二つ目はその家庭医学・総合診療学の創出の担い手は、現在家庭医療学を学んでいる、あるいはこれから学ぼうとしている青年医師を主力とすることは間違いがないが、青年医師に限らず、全ての民医連の医師が意識的にそうなろうとしなければならないものだと言える。

そのためにはそれにふさわしい学習法がオール民医連的に提供されなければならない。講習会、通信教育などで、たった一人で診療所を守っている老医師も私たちの家庭医学・総合診療学の創出に参加できる道が保障されなければならない。それを果たす学習センターが全日本民医連として必要になってくるだろう。

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