日野行介「福島原発事故 県民健康管理調査の闇」岩波新書2013
北海道での全日本民医連学術運動交流集会で、九州社会医学研究所の田村昭彦所長と一緒に、福島原発事故対策のセッションの座長をしていた時、田村氏から勧められて読んだ。
1975年生まれの若い毎日新聞記者が、調査ジャーナリストとして福島第一原発事故による住民の健康被害を網羅的に調査する世界史的にも貴重なものとなるだろう「県民健康管理調査」について、その暗部に踏み込んだ記録である。
圧巻はやはり「検討委員会」がオモテとウラの両面を持ち、情報をコントロールするウラの会議が秘密会として存在することを暴いていく過程の描写である。
大げさにいえば日本版「大統領の陰謀」である。
そもそも福島原発事故の健康影響調査は民主党政権が指示した国家的なプロジェクトだったのに、あっという間に、福島県が調査主体になり、福島県立医大に実際の調査を委託する矮小化がなされ「「県民健康管理調査」となってしまった。
その目的も、福島県民に限らない広範な国民の健康影響調査ではなくて、対象を福島県民に限定したうえでの、しかもその「不安解消」となった。
調査の名称が「健康影響調査」ではなく「健康管理調査」となったのにもそういうわけがある。この間、比較的国民寄りの発言を続けている日本医師会も「県民は好き好んで管理されたいのでははない。不安の解消なんて後から出てくるもので、目的ではないでしょう」と言っている(175ページ 石井正三常任理事)。
82ページ「一連の問題に対する福島県の対応で気づかされるのは、佐藤知事の希薄な存在感だ」とあるように、おそらく県知事もさしおいて物事を進めていくことのできる大きなグローバルな権力が、「福島には原発事故被害はなく、したがって損害補償もない」という世論形成を目標に動いているのだ。
僕たちの目の前に現れる情報操作の「悪役」たちもその駒に過ぎない。
その結果、福島県民ほかの被曝被害者たちは4重5重の被害を受け続けている。
少し考えてみるだけで
①放射線被曝による健康障害
②①の不安による健康障害
③被曝後の生活の変化による社会経済的損害
④③による健康障害
⑤被曝への不安を表現することに許さない社会的圧力への曝露
⑥⑤による健康障害
くらいは誰でも想像できる。
「ここには被曝による健康障害はない。あるのは復興への意欲だけだ。心一つに今を生きよう」という主張がファシズム的に押し付けられる社会に暮らす生き苦しさは僕が最も恐怖するものである。
だが、その主張の奥にある経済的利害が分かればその恐怖は解消される。
それはともあれ、日本が立ち返るべきは、国連人権理事会(これが2006年国連人権委員会を改組して設立された機関だということはこの本で初めて知った)のアナンド・グローバー報告の立場である。
そこでは、事故直後の安定ヨウ素剤の配布を差し止めた福島県への批判、避難基準を20mSvに設定することの危険さ・根拠のなさの指摘、健康調査の範囲が福島県民に限定されることが狭すぎるという主張、福島県民そのほかの被曝国民の健康調査への参加が全く考慮されていないことで生じている健康権侵害への指摘が明確にされている。
この本も、若い医療従事者に急いで読んでほしい本である。
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