文京洙(ムン・ギョンス)「韓国現代史」岩波新書2005・・・日本が分断国家になり、韓国が単一国家としてスタートする可能性は、同等だった
10/26からの韓国出張に向けて読み始め、10/24の昼間に一応読み終えたので、寝る前に読書ノートを作ろうとカバンの中を探したが、肝腎の本を職場に忘れてきたようだ。
詳しいことは明日以降書くことにして、今思っていることを3点だけ。
*韓国や北朝鮮の歴史を、日本人はあまりに所与の(何の不思議もない現実的な)ものとして受け止めすぎている。
分裂国家になったり、国土を戦場にされて数百万の死者を数えて苦しむべきは韓国ではなく、日本であるべきではなかったのか。
日本がドイツのように分断国家になったり、15年戦争・沖縄戦の続き、あるいは朝鮮戦争のような内戦で大半の国土が直接的な戦場となり、大量の死亡や回復不可能な国土の荒廃が生じた可能性は、現在の半島の分断状態が生じるのと同等に十分あったのだし、むしろ半島こそが理由もなく日本の代わりにその不幸を背負わされた不条理のなかにあると言ってよいのではないか。
*韓国のこの68年の歴史は日本の幕末以来の160年を圧縮したもののようにも見える。国民の原点となる体験としての朝鮮戦争ー15年戦争、高度経済成長のジャンプ台としてのベトナム戦争特需ー朝鮮戦争特需などは相似的なものではないか。
*小熊英ニが指摘しているように、日本の1960年の安保闘争の高揚は、同年の韓国における反李承晩闘争(4.19学生革命)の反映だった。
それをほんの一例として、日本の歴史は韓国との関係を含んだ東アジアの歴史と一体的に捉えることなしには考えられない。
例えば、韓国はベトナムに兵士を送り、その残虐さで恐れられたが、その背景には、日本の韓国経済援助があった。自衛隊が創設以降に国内外の戦争死者を一人も出してないのは、韓国軍が自衛隊の肩代わりをしてくれたからにすぎないのではないか。
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