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2013年10月 5日 (土)

全日本民医連学術運動交流集会 2日目 SDHセッションの開会挨拶の予告

全日本民医連学術運動交流集会 2日目 第3セッションの開会挨拶の予告

絶対に誰も聞き取れないので、あらかじめ話す内容をアップしておくことに。

話し出すとアナウンサーと間違われるY副会長が羨ましくなる・・・。

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「このセッションは健康の社会的決定要因=SDHがテーマですが、その始まりにあたって、SDHが民医連医療に対して持つインパクトを3段階の視点に分けて論じてみたいと思います。

まず第一は、健康の自己主権の視点です。
SDHは何よりも、健康を害した当事者が、自ら健康状態を決定している要因を把握して、自己責任論に陥らず、誇りと尊厳を取り戻して、自律と社会参加に踏み出し、健康を回復するためのものだと思います。

一例ですが、この8月1日から生活保護基準引き下げが行われたなかで、生活保護を受けながら療養している人たちが立ち上がるという点で、SDHを学ぶということは決定的に重要です。
これはある看護師さんから聞いた話ですが、生活保護の患者さんの生い立ちや失業などの苦労話を丁寧に聞いて、「そういうことなら、あなたの病気にあなた自身は何の責任もないのだ、SDHという研究の視点からそれは間違いない。困ったことがあったらいつでも受診してよいですよ」というと全ての人が「そんなことを言われたことがない」といって泣き出すそうです。

第二の視点は、患者と医療従事者の共同の営み、患者中心の医療の視点で、特に医療従事者の患者の理解と共感を決定的に深めるという意味があります。
最初に述べた、患者の当事者主権と裏表の関係ですが、SDHの理解なしに、医療従事者が抱く疾病の自己責任論の克服はないといって過言ではありません。また、患者との共通の治療目標設定においても、SDHの各要因からスタートすることが必要です。

第三の視点としては、まちづくりの実践計画や政府や自治体の政策の評価の基準としてのSDHの重要さということです。ヘルス・プロモーションも1997年のジャカルタ宣言、2005年バンコク憲章からはSDHに基づくものとされています。

最近では「女性の高等教育、小さな子どもの教育、妊婦の健康維持、貧困によって増える感染症への対策」がSDHに基づいて最優先の健康戦略になっているわけですが、SDHの知見に照らしては、こうした健康政策に限らず、全ての政策が市民によって健康の視点から吟味されなければならないし、私たち自身の実践においても何が優先的な課題かを決めて行くことができます。

一つの比喩を用いれば、医療保健運動において、社会主義運動にとってのマルクス・エンゲルスの科学的社会主義学説に相当するものが、SDHの発見なのです。

そういう意義を持つSDHなので、民医連職員全員が学ぶべき課題として特に重視して行きたいと考え、方針の様々な場面で強調しているところです。

そして、多くの場面で私たちは世界のSDH研究の成果を現場で応用しながら活かして行くユーザーなのですが、使っている中で、現場にいるものならではの発見をして、SDHの研究に貢献するということも起こりえます。それは現場からの発信という意味で特別重い意味を持つことがあります。

ということで、今日はまず岸 玲子先生から、世界の、そして、日本のSDH研究とそれに基づく健康政策の最先端をお聞きし、続いて、水俣の高岡 滋先生と、石川のアザミ也寸志先生に民医連における臨床研究の成果についてお聞きして、広い視点で考えるという企画にいたしました。

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