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2013年9月22日 (日)

南相馬、浪江町に行って思ったこと・・・民医連 医療部・医師部合同合宿での挨拶

事情あって、上記を急遽引き受けたが、いつものように滑舌悪く、誰にも聞き取れなかったと思うので、アップしておくことに。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

皆さん、連休中の会議にご参加いただきご苦労様でございます。

南相馬、浪江町の視察に行かれた方は早朝からお疲れでした。会議への集中が難しいと思いますが頑張っていただきたいと思います。

私自身は8月17日いわき、富岡町に行く機会があり、今日は南相馬から浪江町に行って、南北から福島第一原発に近づくという経験をしました。

いわき・富岡町では原発事故の一向に改善しない現況への不安や原発労働者の置かれた悲惨な状況への対処の必要性、南相馬・浪江では、ふるさとを奪われた住民の悲しみや怒りをより強く感じました。

さて、医療部・医師部の合同合宿もこれで3回目になります。

最初は水俣の湯の児温泉でした。ここ福島市飯坂温泉より、もっと寂れた温泉でしたが、水俣病大検診のあとの高ぶる気持ちで、しかし議論としては手探りで始めたという感じでした。

それでもその後、宮城県松島、福島と毎回、日本がまさにその時に直面している大問題の現場で、日本の医療の展望を考えるという大きな構えで討議を企画してきました。これは民医連創立60周年の記念講演で三上満先生が宮沢賢治の思想として取り上げた「行ッテ」の実践だとも言えます。

そのかいもあって民医連の果たすべき役割についての私たちの認識は年年深まってきました。

その中心部分は、世界的な人権(健康権)、健康観、健康戦略の確立のなかで医療のあり方、健康の創出もパラダイムシフトの時期にきているというものです。その変化を推進することが民医連の役割です。

このパラダイムの変化の規模は明治期の日本で漢方医学から西洋医学へ転換したことにも匹敵するものだとして良いと思いますが、これに対応したレベルの医師集団の形成の必要性の自覚もかってなく高まって来ました。

それが総合医養成という言葉で語られているのは、医療と健康の本質的なパラダイムの転換が、まさにこの部分に象徴的に現れているからにに他ならないからだと考えます。

こういう情勢の中で、もはや両部が別々に活動することがもうむつかしくなってきたといえるかもしれません。

今日と明日の短い期間でありますが、部の垣根を超えて、日本の医療と全日本民医連の将来を作るという気概での熱い議論をお願いするものです。

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