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2013年9月11日 (水)

評議員会 閉会挨拶 最終原稿・・・・葛西龍樹「医療大転換 日本のプライマリ・ケア革命」ちくま新書2013に触れて

事務局から、実際の挨拶をテープ起こししても聞き取れないところが多いので何とかしてほしいと言われた。発語弱者であることを痛感。

やむなく、改めて文章を書いた。

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閉会挨拶                                     

第3回評議員会と60周年の記念式典も終えて、民医連をめぐる情勢や民医連の役割がいよいよ明らかになったと思います。

と、同時に、民医連を担う世代論という別の視点からは、30年を一世代とすれば、二世代が終わって、これから新たな世代による時代が始まるのだという感を深くしました。簡単に言えば、敗戦後の荒廃のなかで民医連を作った第一世代、高度経済成長の生んだ健康破壊と闘いながら民医連を拡大した第二世代から、民医連運動を世界の健康権保障運動のネットワークに結びつけて展開する第三世代にバトンをきちんと渡して行く時期が本格的に来たのではないでしょうか。

渡して行くバトンの中身に触れるのは、この挨拶の範囲を超えるかもしれませんが、これまでの60年間のなかで、民医連が見つけてきた医療理念のなかで、それがそのまま世界の医療の主流になっているものが二つあると思います。「医療は共同の営みだ」という医療の本質に関する定義、「生活と労働の視点から疾病や健康を捉えて行動する」という健康戦略論の2点です。この二つだけはしっかり渡して行きたいというのが私の決意です。

ただ、「共同の営み」論が世界の主流だ、ということに合致する医療学の進歩の典型例として、カナダのイアン・マックウイニーという人が確立した「患者中心の医療」=PCMというものがあって、その六つの要素の中でも「患者と医師の共通基盤を作ること」が共同の営み論と一致するのだと私はずっと主張しているのですが、実はそれほど周囲にすんなりとは受け入れられない状態が続いてきました。

それについて、今月発行のちくま新書で、福島県立医大の地域・家庭医療学講座教授である葛西龍樹(かっさい・りゅうき)さんが書いた「医療大転換―日本のプライマリ・ケア革命」という小さな本を読んで、ああそうだったかと、思うところがありましたので、公式の挨拶にはあまりふさわしくない話題と承知しながらもとりあげてみます。この本は、「プライマリ・ケア革命」と副題がいかにもキワモノという感じを与えるのですが、内容は極めて論争的で、評議員の皆様も一読されて損はないだろうと思います。私が「ああそうだったのか」と膝を打った話は59-60ページにあります。そこには、これまでの日本に正しい家庭医療学が根づかなかった理由として、日本の家庭医療学が、世界的には遅れているアメリカの家庭医療学を手本にしつづけ、トップレベルの家庭医療学に無知だったからであり、そのため家庭医療やプライマリ・ケアにとって真に革命的だったカナダのイアン・マックウイニーの『患者中心の医療』=PCMも広がらなかったという趣旨が書いてあります。世界のトップレベルの家庭医療学が実践されている国の一つに葛西氏はキューバも挙げていて今年の秋に訪問する予定だそうです。

彼なりのプライマリ・ケア革命の展望をおおざっぱにまとめてみると以下の4点になるだろうと思います。①家庭医と専門医の数は55くらいになるよう制度的に定める②家庭医は数人でグループを作り、交替で24時間対応する。すべての住民がこうした家庭医グループと契約を持って24時間の安心を保障される③家庭医の力量は広く高度なものとし、精神科や小児科や在宅医療といった専門開業医の役割は家庭医が担うくらいにする④その上で専門医は急性期大病院に集中させて、専門性を高く維持することに努める。

そう簡単には受けいれられない主張だと思いますが、これを批判的に読むことで浮かび上がってくるものが大事だと思います。それは、いま民医連が作っている、共同組織を通じて住民参加を確実にしている「中小病院ー診療所ー介護事業所」システムの持つ合理性と普遍性であり、それこそが最高のプライマリ・ケア・ユニットであるし、「患者中心の医療」の実践の器ではないかという確信です。ただし、その器のなかにある民医連医療の総合性はいまのところ自然発生的な総合性にすぎず、その点では、葛西氏の強調する「患者中心の医療」にもとづく厳しい総合的なトレーニングは必要なのだろうと思います。

ことのついでに、さらに脱線しますと葛西氏のこの本には原爆、原発被害に関して見過ごせない記述があります。ともに核物質汚染被害地域であるマーシャル諸島ロンゲラップ島と福島への関わりで葛西氏と民医連は共通します。ビキニ環礁水爆実験3年後に、水爆の安全性を世界に宣伝するため残留放射線の極めて高い土地に帰還させられ、多くの子供が白血病死したという歴史を持つロンゲラップ島住民へのハワイ大学からの医療援助に葛西氏も参加したということです。しかし、福島については、専門家がいくら科学的に安全を保証しても県民は不安にさいなまれているとして、自らの家庭医療実践を福島県民のソーシャル・キャピタルにしたいと葛西氏は述べています。核被害に向かい合う姿勢でも私たちとは大きな隔たりがあり考えさせられます。

以上、医師養成に関する今後の議論の大きな結節点となった今回の評議員会での討論に私の小さな意見を付け加えたいと考え、お話しさせていただきました。

さて、今日が終わりますと、評議員会決定の実践に全力をあげながら、新しい一世代の課題を担う役員編成に取り組む40期最後の四半期が始まります。

考えれば、来る41期総会は1914年の第一次世界大戦開戦から100年目に開かれます。エリック・ホブズボームというイギリスのマルクス主義歴史家によると、20世紀の本当の始まりは1914年だった、とされます。(20世紀が実質1991年に終わったという点では彼の意見には賛成できませんが)、戦争と大虐殺の世紀だった20世紀を真に終わらせ、真の平和の世紀、21世紀を開く実践の一環に41期総会がなるようにする準備こそが最終四半期の大きな課題です。

これら諸課題の重さに潰されることなく、スクラムを固く組んで前進する全員の決意を確認することで、閉会の挨拶と致します。

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