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2013年8月25日 (日)

全日本民医連40期第3回評議員会の閉会挨拶準備 中間報告

滑舌が悪いことが他自ともに認められている僕に、上記のような役割が回って来た。議論を聞きながら準備しているが、中間的に原稿ができたので、アップしておく。

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短い時間ながら、濃密な討議、ありがとうございました。

閉会の挨拶の機会を与えられたので一言ご挨拶致します。

黒田三郎の「ビヤホールにて」という詩は次のように始まります。
  「沈黙と行動の間を
  紋白蝶のように
  かるがると
  美しく
  僕はかつて翔んだことがない

  黙っておれなくなって
  大声でわめく
  すると何かが僕の尻尾を手荒く引き据える
  黙っていれば
  黙っていればよかったのだと

  何をしても無駄だと
  白々しく黙りこむ
  すると何かが乱暴に僕の足を踏みつける
  黙っているやつがあるか
  一歩でも二歩でも前に出ればよかったのだと」

だいたい、いつもこの詩のように動揺しながら、全日本民医連の会議に列しているおり、今も自信なく発言していますので、お聞き取りにくいところは寛容な心でご容赦ください。

60周年の記念式典も終えて、民医連をめぐる情勢や民医連の役割がいよいよ明らかになったと思います。

と、同時に、民医連を担う世代論という別の視点からは、、30年を一世代とすれば、二世代が終わって、これから新たな世代による時代が始まるのだという感を深くしました。

簡単に言えば、敗戦後の荒廃のなかで民医連を作った第一世代、高度経済成長の生んだ健康破壊と闘いながら民医連を拡大した第二世代から、民医連運動を世界の健康権保障運動のネットワークに結びつけて展開する第三世代にバトンをきちんと渡して行く時期が本格的に来たのではないでしょうか。

渡して行くバトンの中身に触れるのは、この挨拶の範囲を超えるかもしれませんが、これまでの60年間のなかで、民医連が見つけてきた医療理念のなかで、それがそのまま世界の医療の主流になっていると思えるものが二つあります。
「医療は与えるものと受けるものの共同の営みだ」という医療の本質に関する定義、
「生活と労働の視点から疾病や健康を捉えて行動する」という健康を作る戦略論の2点です。

この二つだけはしっかり渡して行きたいというのが私の決意です。

ただ、「共同の営み」論が世界の主流だ、ということに合致する医療学の進歩の典型として、
カナダのイアン・マックウイニーという人が確立した「患者中心の医療」PCMというものがあって、それが六つの要素から構成される中でその中核が「患者と医師の共通基盤を作ること」なのだと私はずっと主張しているのですが、実はそれほど周囲にすんなり受け入れられない状態が続いてきました。

それについて、今月発行のちくま新書で、福島県立医大の家庭医療学講座の教授である葛西龍樹(かっさい・りゅうき)さんが書いた「医療大転換―日本のプライマリ・ケア革命」という小さな本を読んで、ああそうだったかと、思うところがありましたので、公式挨拶にはあまりふさわしくない話題と承知しながらもとりあげてみます。

この本は、「プライマリ・ケア革命」と題名がいかにもキワモノという感じを与えるのですが、内容は極めて論争的で、評議員の皆様も一読されて損はないだろうと思います。

私が「ああそうだったのか」と膝を打った話は59-60ページにあります。

そこには、
「これまでの日本に正しい家庭医療学が根づかなかった理由は、日本の家庭医療学が、世界では3流のアメリカの家庭医療学を手本にしつづけていてトップレベルの家庭医療学には無知だったからだ。

そのため家庭医療やプライマリ・ケアに革命を起こしたカナダのイアン・マックウイニーの確立した『患者中心の医療PCM』も広がらなかった」

という趣旨が書いてあるのです。

世界のトップレベルの家庭医療学が実践されている国の一つに葛西氏はキューバもあげていて今年の秋に訪問する予定だそうです。

これは、僕の実感とまったく一致します。

しかし、

彼なりのプライマリ・ケア革命の展望を分かりやすく言ってしまうと
□家庭医と専門医の数をだいたい5:5くらいに国家的に決める
□家庭医は数人でグループを作り、交替で24時間対応する。すべての住民がこうした家庭医グループと契約を持って24時間の安心を保障される。
□家庭医の教育は高度なものとし、その守備範囲は広くする。極論すれば、精神科、小児科、耳鼻科、眼科、皮膚科などのいわゆるマイナー専門科の開業クリニックは不要になるくらいにする。在宅医療専門クリニックも不要である。

□一方、すべての専門家は急性期大病院に集中させて、専門性を高く維持することに努める。

これを現時点でどう評価するかは留保するとして、

*この議論から、浮かび上がってくるのは、むしろ、民医連が作っている、『共同組織を基盤にすることで住民への公開性や説明義務を確実にしている「中小病院ー診療所ー介護事業所」』というシステムの合理性と普遍性であり、
これこそが最高のプライマリ・ケア・ユニットであるし、「患者中心の医療」の実践の器ではないかということです。

ただし、その器のなかにある民医連医療の総合性は自然発生的な総合性にすぎず、その点では、葛西氏の強調する「患者中心の医療」にもとづく厳しい総合的なトレーニングは必要なのだろうと思います。一見、荒唐無稽な葛西氏の主張からも民医連は学ぶことは学び尽くすという姿勢であることが求められるということだと思います。

ことのついでに、さらに脱線しますと葛西氏のこの本には原爆、原発被害に関して見過ごせない記述もあります。

ともに核物質汚染被害地域である、マーシャル諸島ロンゲラップ島と福島への深い関わりを葛西氏は持っているようです。

水爆実験3年後に、水爆の安全性を世界に宣伝するため残留放射線の極めて高い島に帰還させられ、多くの子供が白血病死したという歴史を持つロンゲラップ島住民の健康保持にハワイ大学の家庭医療学教室の援助が有効だと強調する葛西氏は、同時に「専門家がこれほど科学的に安全を保証しても不安にさいなまれる」福島県民を家庭医療の手法で援助したいというのです。

そこでは、葛西氏はソーシャル・キャピタルという言葉を使います。家庭医療を福島の大きなソーシャル・キャピタルにしたいというわけです。

核の被害による健康破壊にまっすぐ向かいあうことなく、本来は国民の財産となるだろう家庭医療や社会疫学をゆがめて使っている実例がここにあるとおもいます。

以上、今後の医師養成議論のうえで大きな結節点となっただろう今回の評議員会での議論に私の小さな意見を付け加えたいと考え、お話しさせていただきました。

さて、今日が終わりますと、評議員会決定の実践に全力をあげながら、新しい一世代の課題を担いうる役員編成に取り組む40期最後の四半期が始まります。

考えれば、来る41期総会は1914年の第一次世界大戦開戦から100年めに開かれます。エリック・ホブズボームというイギリスのマルクス主義歴史家によると、20世紀の本当の始まりは1914年だった、とされます。20世紀がいつ終わったのかという点では、彼とは意見が違いますが、戦争と大虐殺の世紀だった20世紀を真に終わらせ、真の平和の世紀、21世紀を開く実践の一環に41期総会がなるようにする準備こそがー最後の四半期の大きな課題です。

これら諸課題の重さに潰されることなく、スクラムを固く組んで前進する全員の決意を確認することで、閉会の挨拶と致します。

猛暑と異常気象が続いていますが、御奮闘をお願い致します。

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