白井 聡「永続敗戦論 戦後日本の核心」 太田出版2013
著者は19977年生まれの若い政治哲学・社会思想研究者。
著者の「未完のレーニン」講談社選書メチエ2007、「物質の蜂起めざして」作品社2010は、若い人がレーニンを論じた珍しい本で、
(ジェンダー問題としての非難を恐れずに言えば)、レーニンを「男の中の男」(堀田善衛)と思っていつも愛読している僕には、めっぽう面白い本だった。
その著者が、原発事故や、尖閣・竹島、改憲問題という時事的政論にがっぷり四つに取り組んだのがこの本である。
ちなみに、僕は著者が生まれる1年前の1976年に医師になった者である。
紹介される事実の中で、全く知らないというものは少ない。
それでも、思いがけない議論はあちこちに出てくる。
広島・長崎の原発を米内光政海軍大臣が「天の助け」と喜んだという話が出てくる。
それは、無謀だった戦争がこれで終わるというのを喜んだのではなく、ここで「終戦」すれば本土決戦を避けることができて、古い日本を温存できると考えたからである。
もし、本土決戦に突き進めば、著者も僕もこの世に存在していなかった可能性は高いが、古い日本は確実に滅んで、いま僕たちを苦しめているのとは違う新しい日本が出現したはずである。終戦は、新しい日本の誕生の可能性を奪ったのである。
もちろん、誰もそれを望んでいるわけではないが、終戦後、結局は侵略戦争への反省はなされず古い日本が温存されて、敗戦は本質的に否認され続けたので、日本は敗戦を克服できないまま、1945年の敗戦が今日まで永続してしまうである。
これを「敗戦永続論」と定義するのはトリッキー(奇を衒っている)な感じで僕はあまり好きではないが、本質的に日本は変わらず、奴隷的心情が天皇への滅私奉公から米国への従属に方向を変えただけとなった。
吉田茂が少しは対等な日米関係をめざして交渉していたのをぶち壊して米国従属を深めたのは昭和天皇自身の保身的言動だった、ことも印象深い。基地化が半永久化している沖縄の現状には昭和天皇自身に大きな責任がある。
一方、護憲派としても憲法9条の物神化から私たちは自由でなければならない。世界の理想主義が9条を作ったのではなく、アメリカの国益が9条を作ったのだからある。
僕たちも9条を与えられた「よいもの」とするだけでなく、9条を足がかりに何ができるかを考えなくてはならない。
尖閣問題をきっかけに新たな戦争を起こし、米日の軍産複合体を喜ばせ、犠牲になりたがる国民に新たな対象を提示し、従わないものは軍事法廷で絞殺しようとする古い日本の衝動はいまいやがうえにも高まっているからである。
そして、ここを突破できれば平和的に新しい日本を作る展望が開ける。
そのとき、僕たちの座右の銘は、著者が掲げるように次の言葉になるだろう。
「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」(ガンジー)
基本的に世代を超えて、共感できる一冊。若い民医連職員にもぜひ手に取ってほしい本である。
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