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2013年8月19日 (月)

葛西龍樹(かっさい・りゅうき)「医療大転換―日本のプライマリ・ケア革命」ちくま新書2013・・・「1中小医療生協ー1中小病院ー数か所の診療所」というシステムは最高のプライマリ・ケアのユニットだ

以前は豊かな頭髪量を誇りながら、福島県医大の教授になったとたん見事なスキンヘッドに変身して僕を驚かせた葛西龍樹さんには直接の面識はないが、「患者中心の医療PCM」を打ち立て、僕がその概論の英文を何度も読み直しているカナダのイアン・マックウイニーの直弟子であり、僕には羨望の存在である。

その彼が、日本にプライマリ・ケアを根付かせるための啓蒙書を新書の形で出版したのでさっそく手に取ってみた。

(*なお東北大歯学部の相田 潤氏も面識はないが、僕が尊敬してやまないSDH(健康の社会的決定要因)の確立者である社会疫学者マイケル・マーモットの直弟子ということで僕の羨望の的である。

・・・そのように僕は、決して金持ちを羨むことはないものの、自分の持てなかった師弟関係において他人を羨む性向が強い。そういう性格を直そうということで、実はこの文章を書き始めたのである。)

例によって○は僕の恣意的に変形した引用。*は全く自由な僕の感想である。□は今回新たに使う記号で、より恣意的な引用を意味する。

●まず、最初に「ああそうだったのか」と膝を打った話。59-60ページ

○これまでの日本に正しい家庭医療学が根づかなかった理由は、日本の家庭医療学志向者が、世界では3流のアメリカの家庭医療学に学んで、世界トップレベルの家庭医療学には無知だったからだ。

そのためカナダのイアン・マックウイニーの確立した「患者中心の医療PCM」も広がらなかった。彼のPCMこそが医学にパラダイム・シフトを起こした原動力だったのに、である。

*これは、僕の実感とまったく一致する。家庭医療学をアメリカに留学して学んだという人と話しても「患者中心の医療」を知らないという人が多い。

僕は何年もかかって「患者中心の医療」という本を読んだから、「やはり独学では駄目なのだ」と気落ちするということが多かった。

それを少し救ってくれたのが藤沼泰樹さんの通称「赤本」だった。

○アメリカ一辺倒が駄目な例として、そもそも医療政策や社会医学が整備されていないアメリカでそれを学ぶことを世界の主流と思っている大学研究者や厚生労働省の官僚も挙げられる。

*これは勇気ある発言である。「医療政策や社会医学の研修といえば、ハーバードの公衆衛生大学院に留学することだ」と思っている多くの人々をバッサリ切ったというわけである。

*ハーバードのイチロー・カワチの所に行くより、ロンドンのマイケル・マーモットやリチャード・ウイルキンソンの所に行くべきだと僕も密かに思っていたのである。

●さて、共感するのはそこまでで、そのほかの葛西氏の主張は過激かつ過度に国家統制的すぎる気がする。

□葛西氏によればフリーアクセスと出来高払い制と自由開業医制が日本の医療をダメにしているのである。

□軽い病気で大学病院に行き専門医の仕事を妨害するだけの患者、

出来高払いであることをいいことに、自分の得意項目ではあるが患者には必要のない特殊検査を重ね続ける病院の専門医、

大病院で専門医としてのトレーニングしか受けていないのに「専門性もあわせ持った理想的なかかりつけ医」と名乗って開業し、陳腐な知識で軽症患者ばかりを扱って役に立たないか害をなしている開業医。

*これが葛西氏の目に映っている日本の医療である。

●そこでごくおおざっぱにいえば、葛西氏の目指す医療制度は次のようなものであろう。

□家庭医と専門医の数は国が決める。おそらく5:5が望ましい。

□地域には計画的にクリニックを持つ家庭医が配置される。家庭医は数人でグループを作り、交替で24時間対応する。すべての住民がこうした家庭医と契約を持つ。

□家庭医の教育は高度なものとし、その守備範囲は広くする。極論すれば、精神科、小児科、耳鼻科、眼科、泌尿器科、皮膚科などのいわゆるマイナー専門科の開業クリニックは不要になるくらいにする。在宅医療専門クリニックも不要である。

□一方、専門家は大病院に集中して、専門性を高く維持することに努める。ただし高年齢になって専門性が保てなくなれば、それなりに厳しい再教育を経て家庭医に転身することが保障される。

□家庭医は担当住民数当たりの定額収入が保障されるが、保健予防や慢性疾患管理など国策医療を行うと加算があるというインセンティブは準備される。

*文字通り、葛西氏がこう言っているわけではないが、ここに示した姿も日本医療が直面している困難の反映ではあるので、すべて否定しようとは思わない。刺激に満ちた提案として受け止めていろいろ考える材料にしたい。

*この議論から、浮かび上がってくるのは、むしろ、民医連が実践している「1中小医療生協・共同組織ー1中小病院ー数か所の診療所+介護事業所」というシステムの合理性と普遍性である。

*フリーアクセスには四つの側面がある。アクセスできる医療機関と、アクセスできる時間と、アクセス費用の安さ、医療内容や制度改善に意見を述べて参加する権利である。どの医療機関にも勝手にアクセスできるというのは確かに欠点が多いかもしれない。(だが、身近の医療機関の実力に問題があることは葛西氏自身が雄弁に語っている。悪いのは患者ではあるまい) しかし、時間のフリーアクセスと、患者の経済負担の軽いことは絶対に必要である。時間については葛西氏もこのことは非難することなく、むしろ家庭医のグループ化による24時間対応という積極策を考えている。

*しかし、民医連の中小病院は地域の外来患者に応じる当直医が必ずいて24時間対応はずっと昔から当たり前のこととして実行している。診療所も夜間は中小病院を案内することや所長自身が病院で当直することを含めて24時間対応の一環をなしている。

24時間対応しているのが中小とはいえど病院なので、ある程度の重症時にはそのまま入院できるので、家庭医クリニックよりはるかに便利である。

*医療の守備範囲でみても中小病院ー診療所システムでできることは極めて広い。たしかにマイナー科への対応が弱点ではあるが、人工呼吸、緊急内視鏡止血、骨折処置くらいは日常的に行っている。

*介護事業所が併設されているので、生活支援力も大きい。

*組織がそれほど巨大でなく、構成員の声が届きやすい中小の医療生協や共同組織が医療機関や介護事業所の経営主体だったり、共同する市民運動組織であるので、医療介護活動が住民に対して常に透明で開かれており、その内容が住民要求に一致しやすい。

*こういうことを考えれば、 葛西氏の考える「24時間対応が可能なようにグループ化した家庭医クリニック+専門化した大病院」複合システムではなく、いま民医連がすでに展開している「市民組織-中小病院-診療所ー介護事業所」システムをより普遍化した方が優れていると思える。

これこそが最高のプライマリ・ケア・ユニットではないだろうか。

したがって民医連的なシステムを多くの地域で展開できるような宣伝のほうが大切だ。

●しかし、問題は、民医連の「中小病院-診療所-介護事業所」システムのなかで働く医師の総合性の質の問題である。葛西氏が養成しようとしている家庭医にそれは匹敵できるものとなっているのか。

*いまのところ民医連の医師が総合性を発揮しているのは事実だが、必ずしも意識的ではない。自然発生的な総合性と言ってもよい。

その点では、葛西氏の強調する、イアン・マクウイニ―の確立した「患者中心の医療PCM」に立脚する総合性を、葛西氏の言うような厳しいトレーニングを経て習得する必要がある。

たとえば、コミュニケーション一つをとっても、個人の心がけでできるできないが決まるものでなく、医師にふさわしいコミュニケーション技術というものがあって、それは厳しいトレーニングの賜物なのである。その点では、葛西氏の主張は真に進歩的な核を含んでおり、それは正面から受けとめるべきである。

それをしないと政府の進めようとしているまがい物のゲートキーパーであることだけを目的とした総合診療医制度に民医連が呑みこまれるということも起こりうる。

だが、民医連の強みは、その総合性の構築に当たって、既に地域の中にその基礎が打ちこまれていることである。そして、その中心には、大学医局から独立して、自律し、自主的に運動に参加している大きな医師集団がある。そのことの重要性はいくら強調してもしすぎることはない。

●以上の流れとは別に、この本には不思議な部分がある。

ともに核物質汚染被害地域である、マーシャル諸島ロンゲラップ島と、福島への葛西氏の深い関わりを述べた第4章を僕たちはどう読むべきか。

水爆実験3年後に残留放射線の濃い島に帰還させられ、多くの子供が白血病死したという歴史を持つロンゲラップ島住民に家庭医的援助が有効だと強調する葛西氏は、同時に「専門家がこれほど安全を保証しても不安にさいなまれる」福島県民を家庭医療の手法で援助したいというのである。

そこでは、葛西氏はソーシャル・キャピタルという言葉も使う。家庭医療を福島の大きなソーシャル・キャピタルにしたいというわけである。

被曝・被爆による健康破壊にまっすぐ向かいあうことなく、本来は国民の財産となるだろう家庭医療や社会疫学をゆがめて使う体制派学者の姿がそこにあるのではないか。

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