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2013年8月 5日 (月)

絓(すが) 秀実  「1968年」ちくま新書2006

絓(すが) 秀実は、僕がこれまで雑誌で偶然に読んでいた中では、ヒール役を常に演じており、おおよそまともに時間を取って読もうとは思わなかった評論家である。

上記も書店で他に買うものが見つからなかったので仕方なく手にしたものである。

しかし、すべての偏見は捨て去るべきで、意外にまじめで読みがいのあるものだった。

第4章以降が面白く、1968年を頂点に盛んになった日本の「新左翼」なるものが、冷戦時代の米ソの対立が相補的で本来仮構のものであったように、日本の支配勢力によって作り上げられた仮構の偽対抗軸であり、その中の「革命家」たちはただ遊戯に興じているのだということがよく分かる。

吉本隆明の「共同幻想論」をオカルトにすぎない、「幻想」という言葉自体がジャーゴン(=ちんぷんかんぷん)だと断じるのは面白い。

中野重治を反共産党の象徴のように持ち上げることにも疑問を呈しているのも説得力があるが、中野の死の直前、まだ共産党に在籍していた古在由重を通じて、共産党に復党を打診していたという話(247ページ)はやはり哀れみを誘うものだった。

中野がそうする理由として、彼にとっての正統である天皇制と共産党双方へのあい矛盾するはずの信頼が中野重治を狂気から救う構造になっていたからだ、というのもよく考えられた説のように思える。

だといっても、その天皇制が曲りなりにも残っているのに、ソ連の崩壊・中国の変質によって正統としての共産党がなくなって、影で日本の知識人を支えていたはずの両者のバランスは今後どう変わるのだろう、という著者の問題提起(259ページ)は、荒唐無稽であたっていない。

天皇は残っても、天皇制は1945年に終わり日本は君主国でなくなったのに対して、日本共産党は名前も変えずずっと残っている。ましてソ連や中国の共産党を共産党の政党とする人間はもうどこにもいない。

さらに日本共産党は、革命を上から指導するであろうとすることを2000年に自ら終わりにして、いまは新しい陣地の作り方を(むしろいろんな運動を支え、架け橋を運動間の架け橋を構築する力持ちの「後衛」として)模索している、それは「新左翼」の連中の「党遊戯」とは無関係だ、というのが正しいのではないだろうか。

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