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2013年7月 6日 (土)

古臭いもの二つ・・・政治委員と、影響の広がりを恐れる態度

僕もそうとう老医の部類だが、もっと昔の医師の中には、民医連の事務職員に向かって、「僕らはただの兵隊だが、君達は政治委員なんだから、そのつもりで頑張りなさい」と激励する人がよくいた。

政治委員というのは、ソ連の赤軍の中で共産党の指導に当たるもののことである。僕はそれを「静かなドン」や「鋼鉄はいかに鍛えられたか」といった小説で知ったが、老先生たちはもしかするとシベリヤ抑留などでじかにみてきたのかもしれない。

いずれにしても、民医連を共産党指導下の軍隊組織だとみなすもので、今となっては可笑しいだけの考え方である。民医連と共産党は全く別の組織で、協力する場合は政策が一致するときに限るし、まして、指導ー被指導の関係はありえない。

民医連がいま手探りで見つけようとしている新しい統一戦線のあり方は独自のもので、共産党はそれをよく研究してみるべきだが、おそらくそこまで手が回らないくらいになっていると僕は思っている。

話は変わるが、民医連の中でも、民医連独自の規範はあり、その中には方針として確立されたものがある。例えば、「室料差額は徴収しない」もその一つである。これは、法律で禁じられていることではなく、政権側はむしろそれを広めて、差額を室料だけにとどめず、医療本体にも導入しようとしている。だからこそ、方針として、室料差額を取らないことを統一感している訳である。

このとき、民医連のなかに公然と室料差額を徴収する病院が現れると、それへの対処は当然必要になる。
そのとき、採ってはならない態度があるように僕には思われることがある。

放置すると影響力が広がるから、という理由で組織的に処分することである。これはレーニンが幹部批判で良く使った「物事の行政的側面に偏りすぎる」というものだろう。

相手がどれほども宣伝しないのに影響力が広がってしまうというのであれば、それは思想上の闘いで負けているということである。規範を方針として維持しようとすれば、毎日が議論と合意のときである。

(フランスには「毎日の国民投票」plébiscite de tous les joursという言葉がある。エルネスト・ルナンという人が言い出したものだが、あらゆる強制を排して合意のみによって団結しようという決意をいうものである。)

思うに、法律以上のことで規律を作ろうとすることはすべて思想的な闘いが不断に必要になる。

安全な薬物治療のため、営利目的の製薬会社からの便宜は受けない、とすれば、行事に当たっての寄付金は断るべきだし、医師がみな薬の商品名の入ったボールペンを使っている状態もなくすべきである。

また、国民の健康権を重視し、薬物依存を作り出す政治を改めようとするのであれば、幹部の会議の休憩中に喫煙室に人が群がることもなくさなくてはならない。

だからといって、僕は薬の名前入りのボールペン使用を禁止したり、喫煙室を一方的に閉鎖することには断固反対である。

日々の議論と合意に基づく自発的行動だけが僕らを組織たらしめる根拠だからである。

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