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2013年7月27日 (土)

中野一司「キュアからケアへのパラダイム ・シフト」・・・社会契約から社会的選択へ

7月27日、僕が一応部長ということになっている山口県保険医協会地域医療部が主催して在宅医療をテーマに鹿児島の中野一司先生の講演会を開いた。

テーマは「在宅医療が日本を変える キュアからケアへのパラダイム ・シフト」

予定の3倍以上の80数人が、金曜の19時30分開始の企画に集まってくれた。

在宅医療への関心の高さはどこでも強いものがある。

これまで、地域医療部が招いた人の中には、佐賀の白浜雅司先生と広島の田坂佳千先生がいるが、いずれも企画後間もなく故人になった。激務を加速したかと責任を感じているのだが・・・。

講演を聞きながら、中野先生のいうキュアからケアへのパラダイムチェンジが、そう単純な主張でないことを理解した。

医学的キュアから介護的ケアへのチェンジという主張であれば、安易すぎる。

そうではなく、同じ医療という土俵の上で、キュア的医療からケア的医療への転換だと言っているのだ。

もちろん、パターナリズムからインフォームド・コンセントへの転換という意味合いもあるが、もっと幅広く言うと、ロールズ的な医師にすべてを委託する「社会契約」に基づく医療から、セン的な医師・患者・市民による公共的推論と合意による「社会的選択」としての医療への転換を主張しているのである。

そうであれば、個々人のもつ社会的な可能性の幅(ケイパビリティ)の平等が前提にならなければならないと、司会として議論を展開してみたが、短い時間の討議ではそこまでは意見が一致しなかった。

*社会契約派の正義論はまずもって完全に正しい取り決めや制度をめざす。そうやってその取り決めや制度から現実を裁断しようとするのである。

この派に属する人達としてホッブズ、ロック、ルソー、カント、そして現代のロールズが挙げられる。

**一方、社会的選択派の正義論は、完全な正義の定義を探すことには熱中しないで、目の前の正しうる不正義をなくすことを大切にし、そのための公共的な討議のなかで私たちが選択すべき方向を確定しようとする。

この派に属する人達には、スミス、ベンサム、マルクス、J.S.ミル、そして現代のセンがいる。

***医療従事者の僕たちとしては、むしろキュアとケアの違いを考えることから始めると、社会契約的正義論と、社会的選択的正義論の違いが良く分かるのではないかと思える。

生物医学的でガイドライン至上主義の医療が社会契約説的で、これに対しイアン・マックゥイニーやモイラ・スチュアートの「患者中心の医療:PCM」の立場に立ち患者や医師のナラティブを重視するのが社会的選択論的なのである。

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