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2013年7月11日 (木)

池澤夏樹「完全版 池澤夏樹の世界文学リミックス」河出書房新社、2011・・・漱石とカフカの類似・・・『無批判の愛こそは若者が探し求めるべき真実の宝だ』

リミックスってなんだろうというのが最初の感想。あとがきを見ると音楽用語らしい。ウィキペディアによると 「複数の既存曲を編集して新たな楽曲を生み出す手法の一つ」 らしい。

よく知られた小説群をある基準で並べ直しながら語ることで、また別の一個の作品を作り上げているというような意味でリミックスだというのだろう。

池澤夏樹の最も得意なことは本について語ることだ。最近の小説は「マシアス・ギリの失脚」(1993)や「花を運ぶ妹」(2000)あたりからみると明らかに面白くなくなっている気がするが、この本を読むと「読書癖1-4」(1991-1999) で見せた凄い眼力は一向に衰えないようだ。

どこをとっても面白いのだが、ここでは知識として初めて知ったことのメモだけ作っておこう。

○71ページ 「バベットの晩餐会」(1987)や「愛と哀しみの果て」(1985)は僕の好きな映画だが、いずれも デンマークの作家イサク・ディネセンの小説が原作だった。

「愛と哀しみの果て」というなんとも陳腐な題名の映画の原作は「アフリカの日々」。しかし映画も小説も静謐さが何よりもの特徴で、フランス革命の遠い賛歌として心が躍るような映画「バベットの晩餐会」とは全く印象が異なる。おそらく、作家の姿勢がどこかで変わったのだろう。

○79ページ フォークナーの小説「アブサロム、アブサロム!」の題名の由来は、旧約聖書に出てくるダビデ王が息子アブサロムの死に出会って叫んだ言葉から。

僕は、この小説に何度も挑んで挫折しているのだが、池澤の解説を読んで読み返そうという気になった。高校生の頃は全く歯が立たなかった「八月の光」が2年前すごく面白く読めたので、今度はきっと大丈夫だろう。

○91ページ これは新しく知ったことではないが、カフカ「変身」を、うつ病になってベッドから出られなくなったサラリーマンの話として読め、という池澤夏樹の忠告が面白い。だが、そう考えてしまうと、カフカの不条理もいまとなったら当たり前すぎて、読もうという気がしなくなるのではないだろうか。

○98ページ 「蟹工船」は冷凍技術がない時代には取ったカニをすぐに船の中の工場で缶詰にしないといけなかったという話・・・うそですが。

○108ぺ―ジ 「アルトゥーロの島」というまだ読んだことのない小説のあらすじを読んでいると、これは僕が中学校3年生のころ(1966)、旧作ばかり3本立てで上映する映画館で観た映画「禁じられた恋の島」1963の原作だとわかった。それにしても、これも何という陳腐な題名だったのだろう。中学生をおびき寄せようという下心見え見えのものだが、映画と音楽自体はよかった。

○122ページ 昔、高校生だった妹が「『グラン・モ-ヌ』という小説がよかった。モーヌの大将という意味だ」と手紙をよこしたことがあり、それが妹が小説の面白さを発見した契機だったらしいのだが、「大将」というのが印象がよくなくて読まずじまいにしていた。実は青春小説の傑作らしい。

○140ページ カフカの小説で、昔は「アメリカ」という題だったが正しい題名は「失踪者」ということになったものが、池澤夏樹編集の世界文学全集に入っていて、僕も初めて読んだのだが、相当奇妙な感じが持続する小説だった。

強い離人感に巻き込まれながら、いやいや読み続けさせられるというものだった。池澤夏樹は、人間と世間の間の避けられない裂け目を発見したことによるものだと説明している。

*柄谷行人の漱石論を読んでいても似たようなことが書いてある。人間は社会的動物だと言われるが、決して個人と社会が完全に一致することはなく、常に両者の間には深い裂け目が広がろうとするものだ。漱石の苦しみもそこにあったとされる。漱石(1867-1913)とカフカ(1883-1924)はほぼ同じ時代の人だから同じものを見ていたのかもしれない。

⇒「人間と人間が関係づけられて存在するとき、われわれにはどうすることもできない虚偽や異和が生じるということ、それは観念や心理などの問題ではない。われわれの生存条件の問題にほかならないのだ」柄谷行人 「増補 漱石論集成」平凡社ライブラリー2001

○143ページ テオ・アンゲロプロスの映画の日本語字幕は池澤夏樹が全部作ってきたというのはよく知られている。だが、アンゲロプロスの遺作 the dust of time はまだ公開されていない。池澤夏樹が怠けているからだろうか。

○263ページ これはいい言葉だからそのまま引用しておこう。

「誰でも自分にあてはめて考えるとわかるけど。『無批判の愛』ほど力を与えてくれるものはない。ぼくの好きなアメリカの作家カート・ボネガットが、『無批判の愛こそは若者が探し求めるべき真実の宝だ』と言っている(『母なる夜』)

*医師の研修でも、病院の中に無非難文化 no blame culture がなければ良い医師が育たないとされている。これも共通したことだろう。

そして、それが、人間と社会の間にある避けられない裂け目の上に橋を渡してくれるものなのだろう。

○274ページ ギュンター・グラスと大江健三郎は似ている。

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