高橋卓志「寺よ、変われ」岩波新書2009
在宅医療を勉強していて、在宅医療・ケアから「まちづくり」への道を歩んでいる一つの典型として、長野県松本市神宮寺住職の高橋さんが運営している「ケア・タウン浅間温泉」について知ったことから手に取った一冊。
「ケア・タウン浅間温泉」は、さびれた温泉町の老舗旅館をディ・サービスとして再出発させることから、温泉町自体が、地域の高齢者ケアの拠点として再生されていくという物語である。
民医連綱領がめざす「安心して暮らせるまちづくり」のヒントがいっぱい詰まっている気がするので、この本は多くの職員に勧めたい。
・・・・・*どうでもいいことだが、この浅間温泉には個人的な思い出がある。
20歳の夏休み(1972)、第2回「『民医連運動研究会』全国集会」が浅間温泉で開かれて、初めての一人旅で僕もそこを訪れたのである。慣れないものだから、初日は会場を探し当てられず、やむなく別の旅館に泊まったが、そこで、なぜか石坂浩二に間違えられた。その根拠は「こんなところに泊まりに来るはずないよ」と他の客が言い合っていたのが聞こえたからである。
翌日、ようやく会場に辿り着き、初めて佐久病院の若月俊一先生の講演を聞いた。また、今となってはそれが誰だったか分からなくなってしまったのだが、甲府共立病院の若手医師二人から、「甲府共立病院の医療は高額だという不満が地域でささやかれているのだが、技術的な高みをめざしている時は仕方がないと思っている」という話を聞いたのが印象に残っている。それから10年してその病院で、自分にとってはかけがえのない研修機会を持つだろうということなどは想像もしなかった。
帰途、名古屋駅から乗車した夜行列車「金星」の4人掛け座席で神戸大学教育学部の学生と知り合い、集会で初めて聞いた「四季の歌」が、全国の大学で流行し始めていることも知った。・・・・・・
閑話休題(それはさておき)、ピ―タ―・ドラッカーが日本の寺を世界最古のNPOと高く評価したことが良く知られているように、日本の寺は「生老病死」という人生のプロセスに必ず伴う苦しみに直面した人々を援助するためにこそ作られて行ったはずである。すべての村むらにそういうケアの仕組みを日本の社会は備えようとしていたのだ。
しかし、今の寺は葬式仏教と呼ばれるように一つの遺制になり果て、もはや苦しみの援助の拠点、ケアの拠点という意味では死んでいる。そして、葬儀業者の隆盛によって、葬式からも見放されようとしている。
だが、いっぽう、現代の「寺」であるべき病院はどうなのか。実は病院もその意味では死につつある。病院にあるのは診療報酬表に掲示された技術の提供だけである。
寺と病院のそういう現状に気付いた二人、高橋卓志さんと諏訪中央病院の鎌田 實さんが知り合い、話し合うことから、長野県で寺と病院の再生の物語が始まった、といってよい。
寺を、コミュニティをベースにしたケアの場に変えていく展望を実現するために高橋さんの一生はあったと言ってよい。それは宗教界の激しい抵抗を生みながらも、確実に支持者を広げていったのである。
その話を読むと、僕も病院を本当のケアの拠点にしようという気持ちがたかぶって、この本を読んでいる昨日・今日と振舞いがなんとなく坊主臭くなっているのに自分で気づいた。
*僕の家は、明治時代に累代の医者の家を近くの寺の息子が養子になって継いだという経過を経ているものだから、子ども時代の家の中は浄土真宗のしきたりに満ちみちていてうんざりさせられたものである。その上、父が理由あって村社の神主になり、坊主や神主の振舞いが子どもの頃から身に染みついている。容易に先祖がえりしてしまうのである。
さて、僧侶の数は20万人(223ページ)だそうだ。
偶然ながら医師の数とほぼ同じであるから、医者と坊主が1対1でペアになれば、『環境・福祉・医療・教育・文化など、苦しみを緩和あるいは解消する』という『魅力的なカテゴリー』(220ページ)はいくらでも見つかり、ケアの新しい形を作ることができるという気がする。
また、この本の別の効果についてもう一つ。この本を読むと、葬式について積極的な気持ちが湧いてくる。御家族が存命されている方は、すぐにでも個性ある葬式をやりたくなって困るかもしれない。
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