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2013年6月20日 (木)

「ケアの倫理」VS「正義の倫理」理解の糸口だろうか?

まだよくわからないでいるのだが、かって「ケアの倫理」対「正義の倫理」についての論争があったそうである。

僕が今読んでいるものの範囲では、まだ何が問題だったのか理解できないでいる。

ネットで川本隆史さんが東大の教育研究機構第3回公開研究会というところで話している

http://www.p.u-tokyo.ac.jp/kikou/20041013%20transcript.pdf#search='%E6%95%99%E8%82%B2%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%A9%9F%E6%A7%8B%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%E5%85%AC%E9%96%8B%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A++%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%80%AB%E7%90%86'

(なぜこんなに記号が長いのかな)

のを読んだりしながら考えていると、ひょっとしたらこのことか?、と思うことがあったので記録しておくことにした。

「『その人らしく』生きることを援助するのが看護の本質だ」と看護師さんたちが自明のことのように言うのに僕はずっと強い違和感を抱いてきた。

『その人らしく』が常に擁護されるべきものとは限らないように思うからである。

たとえば、一生を朝鮮人差別主義者として生きてきた老人がいて、彼が入院治療なり介護なりを受けるようになって、場合によっては死も間近いとき、ケアの担当者が在日朝鮮人だったことを知り、激しくその人を忌避したり攻撃したりしたとする。

彼の差別志向は戦前の社会意識や教育の影響もあるので必ずしも個人の責任ではないとしても(ただし多くの同時代人はその差別志向を克服している)、現在の彼の意向は『その人らしく』の範疇として尊重され、ケア担当者を純粋日本人に交替させるべきなのだろうか?

その中身がどうであれ、ケアされる個人の意向は尊重される、とするのが「ケアの倫理」で、普遍的な正義に反する意向は尊重できない、場合によっては対決すべきだ、とするのが「正義の倫理」と言っていいのだろうか。

的外れな思い付きかもしれないが、この問題自体が僕にはまだ未解決なのである。

*『その人らしく』が常に擁護されるべきものとは限らない、とする点で僕と一致するものの、その根拠が明らかに誤っている主張にも遭遇したことがある。

24時間の生活援助を受けて一人暮らしを実現した障害者に対して、施設にいる数倍も税金を使う権利がその一人暮らしのどこにあるのかと攻撃した医師の主張である。

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