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2013年6月17日 (月)

交換関係を社会の土台とすると、上部構造としての政党と土台の関係はどう考えるとよいのか

人間社会の土台を生産関係で捉えようと、あるいは交換関係で捉えようと、その土台の上に政党などの上部構造が築かれることは違いがない。

生産関係を土台にすれば、資本家階級と労働者階級という二つの大きな階級が形成され、資本家階級の上には自民党が、労働者階級の上には共産党がのり、そしてその中間に様々な政党がスペクトラムを作って存在するのが見えてくる。

一方、民医連の非営利・協同セクター論や、柄谷行人の主張するように、交換関係を社会の土台として社会を見れば、もう少し複雑な政党関係が浮き上がってくるように思える。

土台は資本と、国家と、国民~共同体の3領域とそれに照応する階級によって構成される。資本家、官僚、それ以外の被支配階級である。

そして、それぞれの階級の上に政党が出現するはずである。

(*国家に照応する階級、すなわち官僚階級があるというのは、以前の僕には奇妙に思えていたことだが、ボナパルティズムが官僚階級と一部の国民~共同体によって形成された権力形態だとするマルクスの考えや、それが最も早く成立したファシズムだとする説明を読んで一応は納得した。)

自民党は、資本と国家≒官僚の2領域にまたがって立っている。かってのナチスや旧社会党は国民~共同体と国家の2領域にまたがって立っているのだろう。共産党は国民~共同体の上のみに立っているが、そこにある階級は分裂して一体のものと見えにくくなっている。その状態はこの領域の衰退と階級概念の陳腐化と言ってもよい。

だから、問題は国民~共同体領域の衰退と階級の陳腐化を超えて新たに生まれてくる、新しい時代を担う非営利・協同セクターにはどんな政党が成立するのだろうかということである。

地場の中小の資本、地域に立脚した非営利事業体や住民組織、一部の官僚組織を統合していく政党である。

共産党はその重要な一部にはなっていくが、その全体ではないだろう。

ただし、人が人を支配することをなくすこと(無支配=イソノミア)を目的にするという意味では、その政党の名前が共産党であっても全くおかしくない。

それは共産党という政党の概念の編み直しかもしれない。

(*それは、現実に存在している日本共産党自身がすでに新しい規約でもう成し遂げたことかもしれない。僕がそのことに十分気づかなかっただけということが考えられる。

1997年までは

「日本共産党は、日本の労働者階級の政党であり、はたらく人びと、人民のいろいろな組織のなかでもっとも先進的な組織である。また、日本の労働者階級の歴史的使命の達成をみちびくことをみずからの責務として自覚している組織である。」としていたが

2000年からは

「日本共産党は、日本の労働者階級の党であると同時に、日本国民の党であり、民主主義、独立、平和、国民生活の向上、そして日本の進歩的未来のために努力しようとするすべての人びとにその門戸を開いている。(中略) 終局の目標として、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会の実現をめざす」

と変わっているのは周知のことである。これがどれだけ大きな変化だったか当時は気づかなかったに違いない。

僕が上で考えたのは。この変化を13年も経って後追いしただけのことのように思える。

その変化を理解するには、社会経済構成体の理解を一変させる必要があったのである。)
 

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