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2013年6月 1日 (土)

分からないことはなんだろうか

5月31日、6月1日の短い東京出張は僕にとって、久しぶりに心が安らぐ時間となった。もちろん、常勤の医師がいなくなってしまった病院や診療所に多大の迷惑をかけているということは十分承知しているのだが。

●一つは仲間としっかり問題意識が共有されているという実感を確かに得たことが大きかった。

僕たちは二つの運動空間が与えられている。

まず第一に、医療従事者の間に統一戦線を作るという空間である。

ここで、僕たちが提示する新しい方向は、医学モデルを超えた生活モデルで医療を捉えて医師の仕事を総合しながら、健康格差をなくすための科学的な根拠を持った(SDHに基づく)ヘルスプロモーションのなかに日本の医療・介護を埋め込んでいくことである。

第二に、いろんな職業、階層の人々と生命権・生存権・健康権のための共闘を広げる、その架け橋となることが迫られている空間である。

そこでは内田 樹がいうように、国民と国家が共闘してグローバル企業から社会を守るというような課題が急速に明確になっている。

その時、僕たちがまだ具体的な想像を展開できないのは、中小企業を主役に、グローバル企業を脇役にした産業構造が十分成り立つだろうかという問題である。

それはおそらく、内橋克人さんなどのいうFEC自給圏などを小規模で良いから作りながら経験的に考えていけば何かしらの部分的な答えは出ることなのだろう。

●それから、もう一つは医学生対策の担当職員の交流会に短時間ながら参加して、改めて考えることがあったことである。

僕が医学生のころは、社会がどう変わっていかなくてはならないかは誰にも理解できることであり、その中で自分が果たす役割を引き受けるかどうかは、勇気と自分の置かれた環境からひとりでに導かれるものに過ぎない気がしていた。

たとえば僕のように継ぐべき開業医の親を持たない貧しい医学生にとって民医連に飛び込むのはごく自然なことだった。むしろ、医学生である自分が、まだ身の回りには存在しない民医連を友人の医学生に宣伝する組織者だったわけである。

しかし、今は全く違う。そういう医学生は絶滅した。絶滅まではしていないかもしれないが、それに近いところまでは来ている。

その背景として時代が変わったことを第一に挙げるとしても、、時代の何が変わったのだろうか。

一人当たりのGDPは何倍にもなっただろうが、格差は広がり、階級関係はむしろ見え易くなっている。1%対99%の喩えは誰の胸にもすとんと落ちる。

だがそのことが、医学生や若い医師の行動を変化させていない。

おそらくこれは格差があまりに激しくなりすぎたことによって医学生や若い医師が打ちのめされているからだろう。

彼らにそういう自覚はなくて、きっと無意識下の行動なのだが、専門職というタコツボの中に閉じこもることしか身を守る術がないところまで追い詰められているのだ。

戦前は、治安維持法の暴力で共産党は解体されたが、いまは格差の目に見えない暴力が左翼を解体する寸前まで来たということである。

医療を社会の中に置いて総合的に考えて見る医学生はそういう情勢からは出てこない。

しかも、さらに問題を難しくしているのは、そのための方法論が容易には見つからないことである。

僕たちの頃はそれが公式的なマルクス主義哲学、主として史的唯物論だったのだが、その影響力が極めて小さくなっている。

これでは医学生担当者は手も足も出ないだろう。

率直にいうと公式的なマルクス主義哲学からの転換が必要なのだ。

振り返って考えると、民医連は自らを非営利・協同セクターの一員と位置付けた時、この社会の政治経済的な構造を資本、国家、第3セクター( 民医連だけではなく、例えば、上記のFEC自給圏のような非営利の共同体の集合)からなる三角形と考えたのである。

そして今は萌芽に過ぎないこの第3セクターの拡大に将来を賭けた。

これは、従来のマルクス主義とは相当違う。

むしろ柄谷行人がマルクス主義経済人類学者カール・ポランニーの影響を受けて唱えている交換様式土台論、贈与と互酬の高いレベルでの再建こそが未来社会の姿だと言っているのに極めて近い。

そして、この第3セクターこそが、自律、参加、協同という人間的価値を再生するものだと考えれば、カントーマルクスーセンの系譜のマルクス主義のなかに民医連はいると言えるかもしれない。そのとき、第3セクターこそ、労働者階級の「」の現在の存在様式である。自覚的な生産者+消費者として。

これを現在を変革する方法論として提示できれば、医学生をタコツボから引き出し、第3セクターが推進するヘルスプロモーションの担い手とすることができるのではないだろうか。

結論としては、従来型の哲学では医学生を捉えることはできず、民医連の見つけた哲学をより洗練するしかない、そのためには、何も恐れず、センや柄谷の主張などにも堂々と開かれた組織になること以外にはないのではないか、と言うことである。

それを改めて確認すると、僕は何んとなく元気になって山口の帰途に就くことが出来た。

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