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2013年5月 9日 (木)

unthink あるいはunlearn ということ・・・「期待と回想 語り下ろし伝 鶴見俊輔」朝日文庫 2008

民医連の在宅医療交流集会の問題提起案の草稿に手を入れていると、次第にうっ屈してくる自分がいる。

こうした何か号令をかけるような文章を書くのは自分の仕事ではない気がしてくる。

一つの集会が運動の方向を指し示す「基調」とか「問題提起」を前提に構成されるという形式自体がもう時代遅れなのではないかとも考えてしまう。

そこで、仕事の合間の気晴らしに「期待と回想 語り下ろし伝 鶴見俊輔」朝日文庫 2008を脈絡なく読む。

そこで、出会った言葉。335ページから337ページ。

「マルクスならマルクスの体系がつまづく時、ざま―みろと言うんじゃなくて、どうしてつまづくのか、そのつまづき方を理解することが大切なんです」

「いま、マルクス主義がつまづいたから、マルクスがだめだなんて言わないようにしたいと思っている。ウォーラーステインのいうアンスィンク unthink ですね。マルクスのしたことをアンスィンクすることが必要だと思う。

セーターをほどいて同じ材料で次のセーターを編むようなこと」

引用していて、前に同じことをしたという感じが蘇ってくる。既視感かもしれないし、実際のことかもしれない。

マルクス主義がつまづいたなんて僕自身は全く思っていないのだが、そう思っている人からの、比較的善意に満ちたエールのように感じる。

アンスィンク unthink を「解いたセーターを編み直すことだ」というのはとても面白い。

アンスィンク unthink に似た言葉として、アンラーン unlearn  という言葉も ガヤトリ・チャクラボルティ・スピヴァクの本で知ったことを思い出した。

学んで覚えたことには古い時代の偏見が必ずしみ込んでいる、だから一度覚えたことを学び捨てて、新しく学び直すことが必要だ、これを彼女はアンラーン unlearn  と呼んだ。

アンスィンク unthink もアンラーン unlearn  もほぼ同じだ。

そんな丁寧な作法を身につけないと、生きていく価値、物事を考えていく価値が生まれてこないようにも思うが、どこにそれほどゆっくり生きていくことが出来る人がいるだろうとも思う。

よほど頭の良い人たちの特権にすぎないのかもしれない。

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