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2013年5月28日 (火)

大学医学部特別講義  健康の社会的決定要因SDH の重要さの2側面・・・SDH論は、健康についての『資本論』なのだ・・・ロールズとセンの違いは社会契約と社会的選択

山口大学医学科3年生に「地域の健康問題と第一線臨床医の課題」と題する90分の講義をした。

社会格差と健康格差の相関を因果関係として証明する上でのSDHの意味、および健康権と健康の社会的決定要因SDH探求の深い関連という二つの問題を結びつけて話した。

僕が到達した健康の社会的決定要因SDH論はこんなものだ。

SDHはなぜ貧困が病気の原因になるかということを科学的に説明する経路の各論でもあると同時に、すべての人を健康にする(health for all)ための健康戦略の実践的な攻略目標でもある。

貧困がストレスとなり健康を破壊するというのは生物医学的には正しいが、貧困がどのような現象形態を取り、どのように健康を破壊するかという経路が分からなければ健康破壊のための対策を立てようもない。

言ってみれば、資本主義と貧困の関係について、資本がどのような現象形態を取り、どのように運動するかを明らかにしなければ、貧困をなくせないのと同じだ。

すなわち、健康にとってのSDHは、資本主義にとっての資本であり、SDH論は、健康についての『資本論』なのである。

SDHの発見は、健康権 すなわちhealth for all というスローガンをただの願いから実現可能な目標とし、かつ「健康やQOLとは何か」という難問も解明し、健康の自己責任という新自由主義的な主張を打ち砕いた。

貧困と病気の連鎖を考えれば、貧困の自己責任論の半分をSDHは粉砕したともいえる。

それを作り上げたアマルティア・センとマイケル・マーモットの二人の名前だけは記憶にとどめるよう強調した。

自分には珍しく時間通りに終わり、よどみなくしゃべれたので、眠る学生は数人しか見かけなかった。

話し終わって10分間のスタンディング・オベーションを期待したが、実にあっけなくレポート作成に移行して質問一つも出なかった

これもさびしい。

*講義の中でロールズとセンの違いについて触れたのだが、きょう、ふと1年前に自分が何を考えていたのか振り返っていると、ブログにこんな記事を見つけた。

大事な概念をメモしていたのにすっかり忘れていたのだ。

「2012年5月11日

社会契約と社会的選択・・・アマルティア・セン「正義のアイデア」明石書店2011

578ページ: ロールズとセンの違いは、社会契約と社会的選択だと、センは言っている。

ロールズは正義を実現する社会契約すなわち制度とは何かを定義しようとし、センは現実の不正義を少しでも解消するための行動の選択を考えようとする。

簡単に言えば、現実を理想的な正義で裁断しようとするのがロールズであり、正義の為に現実を変革しようとするのがセンだということになる。ドイツ・イデオロギーのマルクスの系譜にあるのは、当然,センの方である。

しかし、本当にそうだろうかと、センは自問する。

ロールズもセンもどうしてこう正義の実現に執念を燃やすのだろう。ロールズは正義を実現する理想の制度の追求に偏っていたが、それに対する現実的なアプローチを忘れたわけではなかった。

実はロールズとセンは、違いより共通点の方が大きかった。二人とも、人間的とは何か、という問いをずっと抱き続けていた。センの立場からは、ロールズとは、互いの違いを言いたてるより、協力する道を探すことこそが重要なのである。」

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