« 松尾 匡「新しい左翼入門」講談社現代新書 2012・・・どうなのかなぁ、共感するところは多いのだけどねぇ | トップページ | 泉南市、阪南市のアスベスト被害地域の見学 »

2013年3月15日 (金)

個人の発達と社会進歩について

全日本民医連評議員会方針のなかで、職員の社会的活動を推奨した部分が、全国センターが一職員個人の生活態度を強制するものとして、反論を受けることがあった。畏友、九州社会医学研究所所長の田村先生からである。

「あれは一種の全体主義ではないのか?」と。

しかし、僕としては、ここが最も肝要な部分だと思い続けている。

未来社会が、個人の全面的発展によってこそ支えられるのはマルクス主義の「いろは」に属することだが、それは未来社会の完成を待って始まる話ではないだろう。

未来社会に至る過程においても、個人の多面的な発展こそが推進力になるはずである。いや、それを無視してきたから運動の大きな発展が阻害されてきたのである。

そう思ったのは民医連の身近な職員教育を見て考えたことによる。

ホームレス支援運動、ハンセン病療養所、米軍基地、特攻潜水艇「回天」出撃基地の見学など盛りだくさんである。ただ、それだけで終わっているところに弱点があるのではないか。

見学の中で心が揺さぶられたとき、引き続き関わって行くことをどう進められるのか。ここに、個人の多面的な発展をみんなが支援し合う鍵があるのではないかと思う。

例えばホームレス支援運動を見学すれば、その炊き出しに必要な米を自分の周囲で集めて行く活動(小さなフードバンク)への示唆を僕たちはすべきではないか。そこから、個人の多面的な発展の小さいが、確かな一歩が始まる。

そういうつもりでの、職員一人一人の社会活動の推奨と、その経験の共有の提言だったのである。

|

« 松尾 匡「新しい左翼入門」講談社現代新書 2012・・・どうなのかなぁ、共感するところは多いのだけどねぇ | トップページ | 泉南市、阪南市のアスベスト被害地域の見学 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 個人の発達と社会進歩について:

« 松尾 匡「新しい左翼入門」講談社現代新書 2012・・・どうなのかなぁ、共感するところは多いのだけどねぇ | トップページ | 泉南市、阪南市のアスベスト被害地域の見学 »