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2013年3月 2日 (土)

雑誌「現代思想」2013年3月号吾青土社 特集「大震災700日」小熊英二、木下ちがや ①東電撤退禁止の倫理問題

2011.3.11からもうすぐ2年。

今朝も、3.17に東松島市・松島町に支援に行った時の不安な感じがそのまま再現される夢を見た。

1941.12.8から1945.8.15がとうてい4年に満たない期間だったとは信じられないように、この2年間もその数字のままとは思えない長い長い日々だった。

個人的なことになるが、僕に訪れた不幸も被災地支援とけっして無関係ではない。

子どもが成人するのに相当する20年という数字との一致に何の意味もないが、少なくとも平常からみて10倍の20年間には相当するような国民的体験が蓄積された2年間だったのではないだろうか。

雑誌「現代思想」青土社の今月号は国民のそんな思いに応えようとする特集を組んでいる・

小熊英二による菅 直人インタビュー 「官邸からみた3.11後の社会の変容」

福島第一原発から東電が撤退することを許さなかった菅の決断は、民間会社の労働者が大量に死亡することについて未必の故意があり、その倫理性については繰り返し問われていくべきことだろう。

僕が目にした限り、小熊のインタビューはその嚆矢である。

東電清水社長は、撤退を禁じる菅に極めて軽々しく従っているが、それは自社の従業員に対する彼自身の生命軽視の姿勢の現れでしかない。

清水には撤退禁止を言い渡すだけでなく、現地に赴き滞在し続けることを命令すべきだった。そうでなければ、彼の人間的な思考や行動の変容が引き出せなかっただろう。

官邸の中では、寺田首相補佐官が、撤退禁止の法的根拠がないと主張し、枝野官房長官がその主張を抑えつけている。

僕たちは医師としてさまざまな医療事故を評価し反省し続けているが、安全と倫理は切り離せないとしている。安全を担保すること自体のなかに倫理の一要因が含まれるという立場である。また振り返りの方法も、全てが分かってしまった後の回顧を第一の方法としない。なにもかもが不確実な現場で、手持ちの材料で最大限どこまで合理的に行動できたが判断基準である。

そういう意味では菅の決断は正しかったし、菅でなければそれができなかっただろうという小熊の感想に僕も同感である。

②山内明美・木下ちがや・小熊英二 討論「大震災は何を変えたか」

70ページ 小熊 「社会改革運動というのは経済的に上昇期で社会統合が進む中で起こるものですから格差社会が進行し、生活水準が全般的に低下し、社会が萎縮する中で起きるのは特異な現象であると言える」

74ページ 木下「人々の要求を政治化していく過程でのスキルや能力を身につけた人間をこの運動のなかで生みだしていかないと日本社会に未来はないし、この30年間の消費社会化の中で進行した個人化の流れが変わらない」

75ページ 木下「世界を既知のものとみなし、上から説教することで組織化しようとするような一種の活動家文化は反原発運動のなかではまったく受け入れられなかった。」

78ページ 木下「反原発主義運動における民主主義の試金石はカリスマを生むか、生まないかだ」

61ページ 山内「圧倒的な『沈黙』のなかでこれから先のまちに暮らしていく若い世代の声が潰されている」

78ページ 山内「上の世代に対してものを言わなかった若い人たちが、少しづつではあるが自分の言葉を出し始めている。それはとてもよい兆候だ」

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