西内啓「統計学が最強の学問である」ダイヤモンド社2013・・・僕たちは無自覚のベイズ派であるらしい
3/23-3/24に開かれたTOC有明での民医連医療安全交流集会が終わると、予約した飛行機の出発時間まで4時間はあった。しかし、ここから都心に出て羽田に回るのは面倒くさい。りんかい線とモノレールを乗り継いでまっすぐ羽田空港に向かうとして、書店には寄ろうと考えた。
そのコースの中にある書店は、TOCのすぐ近くのTFTビルの丸善しか思いつかなかった。
だが、この丸善はごく小さく、岩波新書もないような店である。雑誌と小説の文庫本とビジネス用の新書しかない中に、西内啓「統計学が最強の学問である」ダイヤモンド社2013が平積みされていたので買ってみた。
1981年生まれのずいぶん若い人が書いた本である。
僕自身は統計をきちんと勉強したことがないので、統計ソフトSPSSなどを手にとってはみても自分で使うことはないまま今日まで来た。
最近、社会疫学のグラフを見ることが多くなって、統計に弱い自分の弱点を日々感じているので、ベストセラーに手が出てしまったと自己分析した。普通はしてもらうことのないカバーを店員さんに頼んだのも屈折した心の成せる業である。
それから羽田空港第一ビルについて、誰もいなくてだだっ広い暗いバスラウンジに3時間こもってこの本を読み終えた。僕にしては相当の速読である。
(いつものように*は僕の意見、○◎はこの本の恣意的な要約)
*自分の経験に限るが、講演を頼まれて社会疫学の相関関係を示すグラフを引用して話すと、「相関はあっても、因果関係は証明されないんじゃないですか」と、不同意がにじむ口調で質問されることが結構ある。
疫学が因果関係を厳密に証明することは原理的になく、疫学の示唆に基づく実践による健康状態の改善のみが証拠の代用になるのだからその種の反論は無意味だと考えてきたのだが、それはだいたい正しいようだ。
*まず、当事者への聞き取り、現場でのフィールドワークなどの質的研究があり、その中で自分が主張したい仮説が生まれてくる。
次にその仮説のもっともらしさを示す量的なデータが実験や観察によって集められる。これが量的研究である。
○そのデータの集め方で因果関係を示す強さが決まってくる。
もちろん、無作為ランダム化された介入試験は因果関係を証明するのだが、それが不可能なときにもそれに劣らず因果関係を示唆するデータ分析が可能である。
それが疫学的研究で、その最も重要な枠組みが回帰分析だ。
*それは、周囲との文脈のなかで因果関係を推測するにとどまり、厳密な因果関係を証明しないが、どの程度のもっともらしさであるかは厳密に示しうる。
◎この回帰分析を俯瞰的に理解し、説明変数と結果変数の間に成り立つ「一般化線形モデル」として、これまでばらばらに説明されていた、カイ二乗検定、回帰分析、重回帰分析、ロジスティック回帰分析を、一括りのもの、基本的に同じものとする、というところが、この本の一番の主張である。(170ページ)
これだけで、統計学の理解が、格段に見通しが良くなる、とされる。
*こうして、データによって裏付けられた仮説は、実践に用いられて、現実との格闘のなかで正しさが検証されるのである。それが、アウトカム、あるいはゴールとされる。
資本主義企業にとっては利益であり、医療にとっては国民の健康がそれにあたる。
○本の最後近くに、仮説に基づく実践に必要な「確率」の考え方が説明されている。頻度論派とベイズ派があるらしい。
ベイズとは確率についての考えを短いエッセイに書いた牧師さんの名前である。その考えが死後に広まった。
臨床の診断によく用いられる<事前確率に臨床検査から求められる条件付き確率を掛けることで事後確率を予測して診断の確からしさを求め、治療の意思決定の助けにする>方法は実はベイズ派の取る方法で、主観的な診断事前確率を置くことが、頻度論者からは気持悪くて仕方のないものだとも書かれている。
*僕達はベイズ派であるらしい。
*終わりにGoogle Scholarを活用して、ぶつかった問題ごとに信頼できる文献を探して調べる習慣をつけ、その中で統計リテラシーを高め、日常生活を合理的なものにしようと呼びかけているのも好感が持てる。
*To Err Is Human(過ちは人の常)という医療安全の領域では有名なフレーズが、聖書由来だということを初めて知った。だから難しい回しになっているわけである。error という普通の言葉を使わず、わざわざ err という古語を使っている理由もそこにあった。
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