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2013年2月 4日 (月)

認知症の医学生物学モデルと生活モデル

2月2日は民医連の高齢者医療委員会で在宅交流集会の企画を練っていた。

認知症に関する分科会のところで、高松の田中先生が「認知症は、その人の人格自体には断絶はなく、連続したものと捉え、生活をカバーすることがだいじだという考え方があるのではないでしょうか」と発言された。

認知症は幾つかのパターンに分類される脳の変性疾患だという知見が集積しており、最終的には人格は失われるものの、治癒しうる認知症類似疾患の鑑別と、発病後の状態を良好に保つための早期発見・早期治療が強調されている。

アリセプトとメマリーに代表される薬剤の有効性も明らかである。

困難は病名告知にあるという、一昔前の癌の様な議論もある。

しかし、この方向は認知症を医学・生物学モデルで捉えすぎていないかという批判も成り立ちそうである。認知症の発症や予後にも社会的決定要因が明瞭に認められるからである。

すなわち認知症は生活モデルからも捉えておく必要があるということである。

医療とは全く別の所で認知症のケアに関わってきた三好春樹は次のようなことを言っている。

①認知症は脳の病気ではなく、自然な老化の「こじれ」である。脳の委縮は認知症の原因というより、結果に過ぎない。

②この「こじれ」は老化する自分との関係障害、すなわち自分の老化を受容できないためのようだ。その原因は社会的な要因が大きい

③認知症は、自意識・家族・社会の三層構造をもつ「関係障害による生活障害」の形で現れる。

(だいじなのは環境を変えないこと、それができないのであれば、生活習慣を変えないこと、それもできないのなら、せめて、人間関係を変えないこと、それもできないのなら、似たような人間関係を準備すること)

そして認知症の行動心理症状BPSDやせん妄の発生の原因は生活の中にある。特に便秘と薬(向精神薬だけでなく胃薬であるガスターも原因薬剤となりやすい)が最大要因だ

というのは実践家らしい観察である。

認知症の素人にすぎない僕としては、当面のところ、医学生物学モデルと生活モデルを統一して捉える

(それはどの病気にも共通することに過ぎない)

ような勉強をして、どちらかに偏らないで認知症医療とケアの今後の発展を待とうと考えた。

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