中野一司「在宅医療が日本を変える キュアからケアへのパラダイムチェンジ」ドメス出版2012年・・・①ICTは医療労働の民主化の物質的基礎になる ②ケアタウンこそ高齢者・障害者・子ども・非正規労働者にとっての「可能性のクラウド」=ケイパビリティそのものではないのか、ケアタウンを大きくすること、それへのアクセスの平等を徹底的に保障すること、これこそが高齢者の健康権の保障である
鹿児島で精力的に在宅医療を展開し、2009年には鹿児島で開かれた在宅医学会大会の会長も務めた著者が在宅医療に関する持論を縦横に展開した快著、一部怪著(橋下大阪府知事の評価などについて)である。
猪飼周平氏は、病院の世紀だった20世紀は終わり、21世紀は必然的に地域包括ケアの時代になると予言したが、大病院でのケア偏重の時代から、地域に拠点を置くキュアとケアの調和の時代に向かっていることは多くの人が感じている。
医療と福祉の理念に、健康の生活モデルを重視した国際機能分類ICFを置こうという主張も次第に普通のものになっている。
したがって「キュアからケアへのパラダイムチェンジ」と言われてもインパクトはない。
しかし、この本の特徴は、その変化の背景を猪飼氏のように障害者福祉における人権思想の発展にはおかず、工場での生産に偏重する社会から情報が産業の中心になる社会への変化に見ていることにある。
携帯電話、電子メール、メーリングリスト、フェースブック、電子カルテ、クライアント・サーバー方式のパソコンネットワーク・システム、クラウド型サービスなどによる、情報とコミュニケーション技術(ICT)が知識勾配の激しい上意下達の医療を、より知識勾配の少ないチーム医療に変えて行く原動力だと言いきっている。在宅医療はそこに物質的基礎を持っている、すなわちITなしに在宅医療の発展はなかったということである。
在宅医療の発展が医療をより平等なものにしていくことによって、社会も変わって行く。
だから「在宅医療が日本を変える」という本書の題名が生まれて来るというわけである。
これは土台の変化が上部構造の変化を引き起こすという意味で唯物論的であり、上部構造の変化のうち医療に生じるものこそが逆に土台を肯定的に変化させる展望があると語っている点が特に面白い。
資本主義の枠内で生じた産業のICT化が、かっての産業革命と並ぶような歴史的を根本的に変化させるものと考えていいかどうかはまだ結論が出せない。
しかし、ICTがどうしてワーク・シェアリングを生み、雇用を拡大し、医師の生活を人間らしいものにするかという道筋の説明は、経験に根ざして説得的である。
要するにICTは医療労働の民主化の物質的基礎になる。
私の勤める病院での電子カルテ導入にあたっても活かせそうな話である。
今後の展望として、そのチーム医療の向こうに、高齢者住宅や、高齢者の使いやすいショッピングモール、文化・芸術・教育拠点の複合体を構想し、高齢者、障害者、子ども,さらに市民全体が分け隔てなく安心して暮らせる「まちづくり」をしようとしている。
中野氏はそれを「ケアタウン・ナカノ」と呼んでいるが、その構想自体は僕たち民医連の「安心して暮らせるまちづくり」と酷似している。
◆そこで、これは僕が思いついたことなのだが、このケアタウンこそ高齢者・障害者・子ども・非正規労働者にとっての「可能性のクラウド」=ケイパビリティそのものではないのかということである。
ケアタウンの何を利用するかはその人たちのニーズと個性によっており多様性がある。それは形式的には平等とは言えない。しかし、ケアタウンの「利用可能性」=アクセスは完全に平等でなければならない。
ケアタウンを大きくすること、それへのアクセスの平等を徹底的に保障すること、これこそが高齢者の健康権の保障である。
この本の意義は大筋そこに尽きているが、あと幾つか、気がついたことをメモしておこう。
○ケアの時代には、死因の分からない死が増える のは当然で、「死があれば死因を明らかにしなければならない」、「医師より先に警察が死者の下に到着すれば検視は必至だ」、という考え方は捨てるべきだと言うのはすっきりしている。
◎この本が見落しているのは中小病院の役割である。中野氏は7:1の急性期病院と療養病棟しか見えていないようだが、実は中小病院こそ、キュアとケアのベストミックスを実現する組織なのである。
民医連が目指しているのは、中小病院をセンターにしたケアタウンである。
○特養を在宅医療がカバーするようになればれば、在宅のカバーする分野が完成するというのは、「居場所」こそを自宅をとする考え方の帰結として当然で、卓見である。
〇1096ページ EBMが大病院のキュアのためにあり、NBMがケアのためにあるという単純化は、間違っているだろう。
EBMはそもそもNBMをメダルの裏側とするような相補性を前提としているからである。
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