« 健康の社会的決定要因SDHか、社会的剥奪要因SDHDか・・・マーモットは健康の不平等決定要因かSDHIを提唱しているらしい | トップページ | 公正と平等の関係 »

2013年1月26日 (土)

ある医療倫理関連の集会での私の挨拶

突然、集会の開会挨拶を依頼されて、大急ぎで原稿を書いた。

この集会に参加するため、所属している医療生協の1月定例理事会を欠席させてもらい、恒例の 理事長挨拶が一回分なくなって楽ができたと思ったのだが、結局、別のところで、しかもより苦手なテーマで挨拶を引き受ける羽目になったのは、なんとしても僕を鍛えようという誰かの意図に違いない。

というわけで、自分の心覚えに、その挨拶をここにアップしておこう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

全国各地からお集まりの皆さん、ご多忙の中、ご参加いただきありがとうございます。
副会長の野田と申します。普段は山口県の小さな病院で地を這うような医療活動に従事しております。
全国理事会を代表して、一言ご挨拶申し上げます。

4回目となります本集会ですが、参加者数は240名近くになり、これまでにない数となりました。
実は、最近本会が企画するいろんな交流集会の参加者数は全体的に大幅に拡大する傾向にあります。その背景には本会の職員数の増加もあると思うのですが、より本質的には本会に結集して、各地の経験を学ぶことの必要性が増している厳しい情勢と、それに打ち勝とうとする私たちの意気込みの強さの現れだと思います。

今回の医療倫理交流集会もまさにそういうものとなりました。

高齢者人口3000万人という超高齢化社会を迎えて、高齢者医療に様々な倫理的難問が生まれていることは、後ほどH先生からなされる問題提起で詳しく述べられますが、私はここで医療倫理と医療倫理委員会をめぐる情勢について、問題提起からやや離れて二つの話題に触れてみたいと思います。

一つは、社会保障と医療倫理問題の緊張した関係です。
先日の麻生太郎副総理の発言を思い出していただきたいと思います。いろいろ言い訳をし、最後には撤回しましたが、社会保障費、とりわけ医療費を無駄に大きくしているのは、一月1000万円、1500万円もかかるターミナルケアだと決めつけ、彼は遺書と言いましたが、正しくは事前指定書をみんなが書き、政府のお金を無駄に使って「死んだあとの目覚め」が悪くないような死に方でさっさと死ぬべきだと国民に命令しようとしたのです。
優れて倫理的な問題を極端な例を使い、極端な結論を出して国家が社会保障削減のため国民の意識を誘導しようとするものでした。

麻生太郎氏は以前にも、自分のように早朝の散歩を欠かさず健康管理をする人間もいるのだから、好き勝手に酒や煙草をやって健康を失った人間に健康保険を使わせたくないという旨を放言し、ある意味最大の医療倫理問題である健康の自己責任論を医療保険問題と結びつけてみせました。

自民党政治がこういう路線、こういうイデオロギーで社会保障に攻撃をしかけてきている限り、私たちは医療倫理問題を闘いの課題としてとらえて格別重視しなければならないと私は強調したいと考えます。

ここで、つい昨夜のfacebook 本会の広場にあった記事を紹介しますと、ある市の生活保護担当者から、病院の医事課に「生活保護利用者のAさんが受診するが、もし、受診理由がアルコールの飲み過ぎによる病気の悪化であれば、生活保護からは医療費をださず、全額自費にする方針なので、病院から市に本日の受診結果を報告してほしい」という電話がかかるということがあったそうです。
電話を受けた職員はさすがに不思議に思い、「そういう措置に何か法的根拠はあるのか?」と聞き返しました。

市の担当者は「本人との話し合いで、今後アルコールは飲まないから、飲んでしまった時は自己負担でいいという約束をした。自己責任を果たしてもらって当然だ」と答えたそうですが、職員がそれは無理な話だと押し返すと、いったん電話は切れて、あとから市から訂正の電話が入ったそうです。

これを読んで、私は、この職員は立派だなぁと思うと同時に、もし私たち職員の側が医療倫理と社会保障を結びつける議論を日々積み重ねておかなかった場合、「行政がいうのだから間違いないだろう、ひょっとしたら、自分たちも、繰り返し迷惑をかけるアルコール依存症の患者の受診を同じような手法で拒否しても良いのではないか」という方向に考えが進む可能性もあると危惧しました。こういう事例も医療倫理委員会は丹念に拾い上げて職員の討議を促進しなければならないと痛感しました。

話題のもう一つは、私たちの医療活動上の重要課題であるチーム医療の中で医療倫理委員会が占める位置が決定的に重要になっているということです。

医療倫理委員会とともにチーム医療の質の向上を担っている医療安全委員会では「職種間の権威勾配こそが医療事故の本当の原因だ」という認識を確立して医療チームは医師が中心だという考えを揺るがせ、チーム医療の考え方が大きく変わるきっかけを作りました。さらに、ノン・テクニカル・スキルとして職員間のコミュニケーションの飛躍的改善を図ることに医療安全の今後発展があると考えられています。

これに対し医療倫理委員会が創造しようとしているのは、チーム医療の本来の目的としての患者のQOL改善の達成度を測定し、今後の方向性を探ることです。
そのことを通じて初めて自然発生的な単なるチーム医療が、「患者中心のチーム医療」に発展するのだと思います。

患者さんのQOLを測定するというのは大変難しい問題ですが、メンバー間の自由な発言による「医療倫理カンファレンス」以外に方法はないとおもいます
そして、そこから新しい病院の目標や構造が生まれてくるのだと私は信じています。
したがって、チーム医療の「患者中心のチーム医療」への発展を切り開くのは医療倫理活動、そして、医療倫理委員会だといって言い過ぎではないということをあらためて強調したいと思います。

以上は、私の当面の問題意識にすぎませんが、今回の交流集会の問題提起は全国理事会や医療倫理委員会の集団的討議で練り上げたものであります。
ぜひ、問題提起に沿って、熱心に討議いただき、本会の医倫理活動、医療倫理委員会活動のエポックをなす集会にしていただくようお願い申し上げて、今交流集会の開会挨拶といたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、最初は相当、大上段にかぶって難解な挨拶を書いたのだが、同僚の皆さんの忌憚ない意見で相当分かりやすくなった。感謝の限りである。

|

« 健康の社会的決定要因SDHか、社会的剥奪要因SDHDか・・・マーモットは健康の不平等決定要因かSDHIを提唱しているらしい | トップページ | 公正と平等の関係 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

大変考えながら読ませていただきました
生保の患者さんは 対応困難な方が目立ち、社会性がなくなるのは当たり前とまでは納得できない職員は多い。また、役場の対応に そんなものかと納得しがち。
今は 診療単位が増え それはうれしいが外来カンファレンスができない状態。何が問題なのか 多くの職員と話し合うことが大切ですね。

投稿: honnma | 2013年1月30日 (水) 09時34分

コメントありがとうございました。

粗暴な患者さんを目の前にして側頭葉から辺縁系におこる感情と、彼を粗暴にしている背景を考える前頭葉での理性とでは、たいてい前者の方が勝ってしまうのです。しかし、認識の歴史は後者の逆転勝利でしたから、僕たちも頑張れば道が開けると安心はしているのですが・・・。

投稿: 野田浩夫 | 2013年1月30日 (水) 18時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ある医療倫理関連の集会での私の挨拶:

« 健康の社会的決定要因SDHか、社会的剥奪要因SDHDか・・・マーモットは健康の不平等決定要因かSDHIを提唱しているらしい | トップページ | 公正と平等の関係 »