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2013年1月19日 (土)

チーム医療の変遷

医療の質指標(QI)を考えるとき、構造・制度(structure)、過程(process)、結果(outcome)の3領域に分けて考えるのは基本中の基本である。

思いがけないことからチーム医療について俯瞰的に考えなければならないはめになった。

そうすると、まずチーム医療の歴史的経過が構造structure、過程process、結果outcomeの3領域に時間を追って照応していることに気付いた。

チーム医療が初めて関心を呼んだのは、診療所に代わって病院が医療の中心となり、それまで医師と看護師しかいなかったような臨床現場に、検査技師や放射線技師をはじめとした多様な職種が現れたからだった。薬剤師も病院の中に組織された。小さい病院が大工場に相当するほどのライセンス付きの技術者で溢れた。まずは医師を頂点にしたピラミッド型の医療チームの組織的構造structure が出来上がる。

そうすると今度はその動かし方(process)が問題になる。そうなると、それをどういうチームに組織するかが問題となり、ピラミッド型を崩してマトリックス型にし、それを「チーム医療」と呼び始めた。これを第一のブレークスルーだったとしよう。
民医連はこれについて「医師を中心とした民主的集団医療」という構想を持った。しかし、それはまだアイデアの段階に過ぎなかった。

それから現場でのカンファレンスの励行、クリニカルパスの策定や、様々な現場援助のリソース委員会の立ち上げが進んだ。
その中で最も影響力が強力であったのは医療安全委員会であり、「職種間の権威勾配こそが医療事故の本当の原因」という認識が確立し、「医療チームは医師を中心とする」という考え方が大きく揺らいだ。
これは医療チームのありかたにとって第二のブレークスルーだった。

しかし、これもいまになると行き詰まった感がある。
臨床現場の職種間の協働は一向に改善していかない。医療事故も起こり続ける。
その間隙を突いてアメリカ生まれの技法であるチームSTEEPSが紹介され医療安全やチーム作りの領域を席巻し始めた。それはチーム医療の効率には寄与してもチームの民主主義に対しては中立である。

では第三のブレークスルーはあるのか。
それを予想するとすれば、チーム医療ならではの結果outcomeの注目の中にある気がする。
具体的にいえば、患者のQOL(=幸福)の改善を示す質的指標QIに注目し、適切な表現指標を見つけ、それをチーム医療のあり方とできれば、そこにブレークスルーはあるはずである。

ただし、具体的に何を患者のQOLを示す指標、それをチーム医療あり方の成果として設定できるかはまだ試行錯誤段階である。

勘でいうと、それは「反省的な医療倫理カンファレンス」の質の中で発見されるという気がする。

具体的に言えば、チーム医療が患者のQOLを改善しているということを確認するための指標として、医療倫理カンファレンスの頻度やその中での認識の発展をとりこまねばならなければならない、と言っていいかもしれない。

まだ予感の範囲だが、医療倫理カンファレンスへの患者・当事者参加がQOL改善の出発点になることを考えると、「患者の、あるいは当事者中心のチーム医療」が新しい「患者QOL改善のためのチーム医療」の名前になるのではないだろうか。

まとめ
チーム医療は医師中心から「患者・当事者中心」に変わっている。その推進力は、チーム医療のprocessの発展自体、すなわちまず第一に安全活動、次に治療からQOLへの「ケアの価値観」の発展だった。

まとめ2
チーム医療の第1段階:組織図に基礎的チームが明確に位置付けられ、その長としての医師が指名された。

チーム医療の第2段階:基礎的チームとマトリックスを作る現場援助のための各委員会チームが作られ、チームが複雑化した。その中で、医療安全委員会がもっとも強力に働き、「権威勾配の強いことが事故の最大要因」ということを発見し、チームのあり方を変えた。

チーム医療の第3段階:チームを作ることの目的は、つまるところ患者のQOLの向上にあることが明らかとなり、医療倫理カンファレンスの重要性が際立って来た。と同時に、チームが介護や地域のNPOや行政に直接深くつながり、新たな組織的位置づけが必要となって来た。

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