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2013年1月 8日 (火)

代議制の新たな段階に達するために・・・「中間組織の構成員一人が一つの社会運動に参加を」

‎2012.12の総選挙が示したものは、これまでぼんやりしていた代議制=間接民主主義に対する国民の不信がある限界に達したということだろうと思う。

大げさにいえば、公正に選挙された代表たちによる統治という日本国憲法の枠組みが揺らいだ、とも言えなくはない。

といって、代議制を否定した民意の直接的・実力的な実現という手段が選ばれようとしている気配はない。沖縄独立を唱えるテロ行為を危惧する人はいない。

あくまで非暴力・不服従の原則のもとで、民意は代議制を下から自らのものとして捉えなおそうとしている。
それは東京都知事選で宇都宮氏が候補に擁立された過程に象徴的である。

もとより明治議会は絶対主義的天皇制が国民支配の欺瞞的な手段として創立したものだが、段階を踏みつつそういう欺瞞から脱し、支配のための代議制から国民生活のための代議制に達する最終的な段階に日本社会が入ったと僕には感じられる。

こういうとき、議会を構成する政党は「我が党の躍進のみが民意反映の前提であることは最初から決まっている」と訴える宣伝方法を磨いていればそれで済むのだろうか。

今はおそらく、民医連や労働組合、各種の協同組合などの中間的組織の機能が今後の帰趨を握っているのだ。
国民生活の改善を目標に掲げている中間組織が、自分の専門範囲を超えて互いに直接に結びつきあうなかで、民意が議会を強力にコントロールする方法を見つけるのだろう。

内橋克人さんがいう「FEC(フード・エネルギー・ケア)自給圏」運動などもその一環である。

僕が思うに、そのときもっとも重要なのは、中間組織を構成する人、一人一人が所属組織を超えて別領域の社会運動と結び付くことだろう。
例えば、職場で労働組合員として活動しながら、地域に帰ればフードバンクの一員としても働くということである。

人間のそういう多面性を保障する労働時間短縮がその絶対的前提ではあるが、僕のように幸運にもどんなに睡眠時間が短くて済む人は今の条件下でも頑張れるだろう。

したがって次のようなスローガンが中間組織の中では必要になる。
「構成員一人が一つの社会運動に参加を」。

それは趣味のフナ釣りを通じて仲間を増やすことに自覚的になろうという話とは違う。

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コメント

はじめて投稿します。
「そのときもっとも重要なのは、中間組織を構成する人、一人一人が所属組織を超えて別領域の社会運動と結び付くことだろう。
例えば、職場で労働組合員として活動しながら、地域に帰ればフードバンクの一員としても働くということである。
人間のそういう多面性を保障する労働時間短縮がその絶対的前提ではあるが、僕のように幸運にもどんなに睡眠時間が短くて済む人は今の条件下でも頑張れるだろう。
したがって次のようなスローガンが中間組織の中では必要になる。」


はじめてブログを拝見しました。さっと読んで日頃私が感じていることをズバリ書かれていると思いました。
 上記の部分はまったく同感です。
 「ヘラブナ」のっサークルが「政治の意識」へとダイレクトに結びつくとは考えられません。
 
 また、あらためて投稿します。

 中山

投稿: | 2013年1月18日 (金) 12時09分

コメントありがとうございました。議論の中で傷つくことも多いので、おかげで力づけられました。

投稿: 野田浩夫 | 2013年1月19日 (土) 21時51分

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