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2013年1月31日 (木)

月刊「地域医学」2012年1月号特集「地域医療とまちづくり」

在宅医療に関連して高齢者の居住とまちづくりを考える、という企画案の宿題を前に悩みながら、乱雑も極まった自分の机を片付けていると、上記の雑誌を偶然見つけた。

僕の抱えているテーマにほぼ一致する内容だ。企画案提出の締め切りもすぐなのだが、まずこの記事のノートを作っておくことにした。

しかし、この特集が扱っているのは発行元の性格もあって、農山村のみで、大都市のまちづくりには触れられていない点に注意すべきである。

○は恣意的な要約、◆は僕の感想である。

○特集の前にあったインタビュー:2004年、東京北社会保険病院が、廃院になった国立王子病院の後継機関として創設され、地域医療振興協会が管理を委託された。

同会はこれまで自治医大卒業者が出身県の中小病院の再建にあたった経験しかなかったが、東京北社会保険病院という大病院を旗艦病院として持つことで、東日本大震災の支援などに大量の支援を送ることができた。今後とも、へき地に行く医師を支援する基地として機能するため、堂々と黒字を追求する姿勢を打ち出している。自治医大以外の卒業生ともへき地医療に貢献するという思いを共有できる場にもなっている。

旗艦となる都市部の病院で志の高い研修医を養成し、協会医師全員が一丸となって厳しい医療過疎の最前線に取り組むことこそが協会の活動だ

◆このスタイルの底にある使命意識は、民医連ももう一度振り返る必要がある。以前は民医連こそ使命意識を強化するスタイル医師を養成していたのだが、各地域において中小病院での医師養成が可能になって医師も分散したため、使命意識が地域の一般的な病院としてぼやけて全体が見えなくなり、最も矮小化された場合は病院の発展・存続・経営維持が自己目的化してしまった。使命意識の内容はともかく、その強さにおいて地域医療振興協会に抜かれているのである。

イントロダクション(奈良県の国保診療所長 武田氏):長野県の健康寿命が長いのは、高齢者の就業率が高いせいではないか。それに注目して、奈良県の自分の周りでも高齢者が働く「JIJI工房」と「バーバラはうす」を作ってみた。これが介護予防事業のさらに上流の1次予防に貢献している。

震災復興とまちづくり(女川町地域医療センター長 斎藤氏):復興計画の5つの柱の一つに「心身とも健康なまちづくり≪保健・医療・福祉≫」を入れた。

①仮設住宅での健康被害の防止 ②心のケア ③連携の良い総合的な保健サービス ④地域に根ざした包括的な医療サービス ⑤高齢者・障害者の生活自立支援 ⑥医療・保健・福祉施設の整備と安全性の強化が主な内容である。

高齢者福祉とまちづくり(長野県真田町高齢者総合福祉施設長 宮島氏):今後の戦略「施設の自宅化」と「自宅の施設化」を「地域のケアの多機能化」で実現する。

特養の待機者は地域で作られているので、大量待機の根本的な解決は特養をたくさんつくことでなく、地域のケア力を強化することで、自宅の施設化を図ることである。まず365日の給食サービスから始めた。次に訪問入浴サービス、多数のサテライトディサービスと進んだ。擬似家庭としての認知症グループホームも組み込んだ。民家を借り上げて特養から認知症高齢者を招いたりもした(逆ディサービス)がなじみの地域に帰ることは効果があった。

施設の自宅化は、特養のサテライト化である。既存50床のうち、10床を地域に移し個室にし自宅風に作った。既存施設は改修で個室を10床作った。

地域が限界集落化する中での今後の独居高齢者の増加には介護保険だけでは行き届かないので、地域の互助をどうしても必要とする。

介護保険+互助を上手く組み合わせたハイブリッドな地域包括ケアを考えているが、鍵は医療と介護と生活支援の住民団体の連携だ

在宅医療とまちづくり(宇都宮市の在宅療養支援診療所長 高橋氏):

小児の在宅医療をしたくて開業した。

開業してみると「私たちの周りには、社会から孤立し、排除された人たちがいる。このような人たちがいることに気付いたのは、医師になって10年が過ぎ、宇都宮市に来てからだった。」虐待、DV、薬物依存、ホームレス、重度障害者、刑務所出所者・・。これらの人を排除せず、社会で一緒にやっていこうという考え方をソーシャル・インクリュージョンという。

まず排除される人たちのことをあまり知らないのに気付き、研修会にも出かけ、勉強し、彼らを支援するNPOにも関わるようになった。

自分の仕事としては、人工呼吸器を付けた子どもの家族のためのレスパイト・ケアを始めることにした。小さな診療所の和室でも可能なことを実践して見せたが、人件費だけで1日2万円で、当初は財団からの寄付で実施した。

そのうち、宇都宮市が、「日中一時支援事業」の受託条件を緩和する上に、その制度での支払い額1万円に市独自の「重症障がい者医療的けあ支援事業」というのを上乗せしてくれた。

それを背景に重症障がい児者レスパイトケア施設「うりずん」を2008年に立ち上げた。

その後、東日本大震災による被害で困っていた時「うりずん」を支援する市民団体「うりぼう」ができ、自家発電装置を寄付してくれた。

レスパイトケア以外にも子どもの地域ケアの課題はたくさんあるので今後はそれにも取り組みたい。

私にとって在宅医療は社会との接点だった。宇都宮市が制度化してくれたことは驚きだったが、考えれば制度は人のためにあるのである。

まず、社会的に排除されている人の援助から始めることで、生活モデルによるまちづくりが始まるに違いない。「最も困難な人の視点で考える」というロールズの思想、民医連の方法論とこれは一致している。

地域医療が要となった教育、福祉と連携したまちづくり(岡山県哲西町診療所長 佐藤氏):

前任地の隠岐・都万村では村の中心に特養と様々な介護事業所を集中させることで、癌の早期発見、在宅高齢者のADL、特別障害者手当受給率などが顕著に改善した。その勢いで教育にも好影響があり、町の人口も増えた。医療・保健・福祉の一体化と充実が地域を活性化させた。

そのあと赴任した哲西町では「行政サービスの中心に医療を」という住民の要望で2001年に全国的にも新しい複合施設を作った。役場、診療所、歯科診療所、保健福祉センター、生涯学習センター、図書館、文化ホール、栄養改善室、機能訓練室が、一つ屋根の下にある。

いつでも何でも診る医療、断らない医療、大病院に負けない高度危機による癌の早期発見、在宅医療、福祉との連携+保健との連携で地域包括ケアに進んでいる。

学生の見学も多く医系学生教育に貢献している。

へきち医療は本当に面白い。

○住民主体のまちづくりの進め方(地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センター 岩永氏)

まちづくりの定義(高田)「そのまちの人たち、住民はもとより行政も企業も含めて地域ぐるみで参加し、まちの未来像を共有しながら、その実現に向けてともに行動し、歩み続けること」

しかし、多くの人が「まちづくり」という言葉で思い描くのは「まちの姿」(外形)ではないだろうか。しかし、「まち」とはそこに住む人たちの「暮らし」の集合(野田)であり、「まちの姿」はその舞台だというのが本質である。

◆医学モデルか社会モデルか、財貨か生活機能かという弁証法的対立は「まちづくり」の概念の中にもある。実はこのことが、この特集を読んでの最大の収穫だった。

未来像を描くときは抽象的で誰も反対できないものを作ってはならない。必ず具体的な例示が必要である。

住民は生活者としての切実な期待の提供者にして決定者。行政や医療従事者は情報や制度の提供者で、住民の期待の実現者。

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